Stage 14 : レイニーロード
ホウソノシティとイゲタニシティを繋ぐルートは、今までの道路よりも距離がある。そういうことはタウンマップで確認し、予めその気でいたヒロトだが、一つ誤算があった。
「わ、足が!」
ぬかるみに沈む足を思わず引く。油断していれば、どこまでも足をとられそうだ。今自分が立っている場所は沈まないと確認して、ヒロトは前を見た。木が鬱蒼と茂っている。空を見れば、雲の集まり方から雨の降っている場所がよくわかった。
「どうしよう……ワカシャモに土を乾かしてもらいながら進む、なんてできそうもないし」
ヒロトは立ち往生してしまう。大きな葉が腕をかすめた。
風も吹いていないのに、頭上の木ががさがさ鳴っている。ポケモンか、と思い、ヒロトが見上げると、そこにいたのは少年だった。ヒロトより少し年下に見える。
「よう、旅人! 慣れない道でびっくらこいたみてーだな」
少年は枝から飛ぶ。危ない、とヒロトは叫んだが、華麗に降りた少年はぬかるみの上でも平気であった。足下を見てみると、底の厚い靴を履いていた。
「レインコートの必需品、長靴! 今なら十万パーフで売ってやるぜ」
「十万パーフ!?」
その桁違いの額に、ヒロトは目をまん丸くした。ちなみに、彼の昨晩の食事は七千パーフで済んでいる。
「だってこれを売るのがオレの商売だし、これ買わないと旅人は進めないし? いい条件だと思うけどなー」
「だからって、高すぎだろ!」
レインコートの少年はため息をついた。何度もやってきたやりとりなのだろう。とはいえ、その長靴がないとヒロトは進めない。ぬかるみを見て、それから自分のモンスターボールを見て、ヒロトはひとつ提案する。
「あのさ、ポケモン持ってるか?」
「え……持ってるけど」
「じゃあ、バトルしよう。そんで僕が勝ったら、ちょっとマケてくれよ」
少年は少しの沈黙をおいて、一つうなずいた。
「うん、いいよ」
「やった! 僕はハツガタウンのヒロト、よろしく」
「ん。オレはレインコートのノイ!」
トレーナーらしく、まずは挨拶を交わす。
「じゃあ早速。クサイハナ、頼んだ!」
クサイハナならば、湿地は大好物だ。ボールから出たクサイハナは器用にその場に立った。
「おいで、ゴマゾウ!」
言って、少年は指笛を吹いた。ぷいーっ、という音が辺りに響く。ヒロトは、こんなにも上手い指笛をはじめて聞いた。
合図を聞いて、森からゴマゾウが飛び出した。
「パーオ!」
指笛にも負けない高い声で、ゴマゾウはクサイハナを威嚇した。
「“転がる”!」
ノイが指示すると、ゴマゾウはぐるんと丸まった。転がりだすと、両耳がふわりと浮く。そのスピードに、クサイハナは避けきれなかったが、ダメージはほとんどない。
「なーんだ、びっくりした……」
「まだまだぁ!」
ゴマゾウはぎゅんと方向転換し、またクサイハナにぶつかった。クサイハナはぐうと唸る。その様子から、一回目よりもダメージが上がっているようだった。
「威力が……」
「なーんだ、そんなことも知らねーのかよ。“転がる”は段々加速してってダメージが上がるんだぜ!」
ノイはしたり顔で説明する。ゴマゾウは転がり続ける。とにかく早く対策を打たねばまずい。
(それじゃ、威力を落とすには……スピードを落とせばいいのか)
「クサイハナ、僕たちもいくぞ。“痺れ粉”」
クサイハナはゴマゾウが来るのを待ち構え、痺れ粉をぶつけた。途端、ゴマゾウの全身に痺れが走り、一気に減速する。
「よっしゃ、“メガドレイン”で回復だ!」
そのまま攻撃に移る。草タイプ技である“メガドレイン”は、地面タイプのゴマゾウには効果抜群。しぶとく体力を吸い取り続け、ゴマゾウはこてん、と倒れてしまった。
「やりぃ!」
「……おったまげた。お前強いなー! はい、ゴマゾウ。お前もよくやったぞ」
ノイはウェストポーチから木の実を数個取り出し、ゴマゾウに渡した。はじめは力なく食べていたゴマゾウも、二個目ともなるとだんだん体力も戻り、全て平らげるころにはすっかり元気になっていた。
「じゃ、なー」
「パオ!」
ゴマゾウは、元気に森に帰っていく。はじめもそうだったが、このノイというトレーナーはモンスターボールを使わないのだろうか。疑問に思って、ヒロトは訊いた。
「あー、それはな、あいつ野生なんだよ。あいつのトーチャンにウチの仕事手伝ってもらって、夜になったら森に帰ってもらう。お礼に木の実、持たせてさ」
ほう、とヒロトは感心した。そんなライフスタイルを全く知らなかったのだ。
「んで、ゴマゾウとはたまに一緒にバトルすんの。早くあいつも進化したいんだろうな」
そう話すノイの目はきらきらと輝いていた。
ヒロトでも買える値段にマケてもらい、礼を言ってノイと別れた。まだまだ道は長い。
140106