Stage 14 : レイニーロード


 まずテラスの掃除を言い渡され、ヒロトはモップと雑巾を手にした。
「え、モップがけと雑巾がけ、両方ですか……?」
「これも特訓。トレーナーでしょ?」
「はい……」
 助けてもらった身として、断ることもできない。これも特訓か、とアイレンの言葉を反芻し、ヒロトははっとした。
「そうか、特訓! 出てこーいワカシャモ!」
「シャモッ」
 湿地が苦手なワカシャモはずっとボールに入っていたが、ここは屋内だ。元気に出てきたワカシャモに、ヒロトはモップを渡す。
「手伝ってくれ。足腰を鍛えると思って!」
 ヒロトの頼みをきいて、ワカシャモはモップを握った。キッチンに向かったアイレンが振り返って微笑む。
「まずまっすぐ進んで……一瞬でターン!」
「シャモッ」
 ワカシャモも楽しそうにモップをかける。
「動きにキレが出てきたな」
 そう言うと、さらにはりきってモップをかけはじめた。ヒロトも袖をまくり、雑巾がけ体制に入る。昔は、それこそミズホと雑巾がけ競争をしたものだが、最近はそれもしていない。ただ、昔より足は速くなったから、もっとスピードを出そうとはりきる。
「いくぜーっ!」
 身長が伸びたぶん、体勢はいくらかきつかったが、それは体力でカバーする。旅立ちの時よりいくらかたくましくなったようで、すぐに三往復かけられた。
 しかし、四往復目に入ると、目の前を見たことのないポケモンが邪魔し、ヒロトは急ブレーキをかけた。
「わっとっとっと!」
 ヒロトはポケモンを見る。つぶらな瞳に、全長は短いがどことなく老けた顔で、その場でびちびちはねている。
「シャモッ」
 呼んだワカシャモを見ると、ワカシャモはテラスから下を指していた。ヒロトが見下ろすと、そこには小さな池があった。
「あそこからはねてきたのか? すごい根性……仲間も同じぐらいとべるのか?」
 ヒロトが問うと、そのポケモンは否定するように首を振った。ヒロトたちの手が止まっているのを見て、アイレンは注意しようとテラスに入る。
「こらー、まだ雑巾がけ終わってな……あら、ドジョッチ」
「ドジョッチ?」
「そう。ペンション前の池に住んでる……ご飯をあげたりはするけど、野生の子よ。これまた随分はねたわねぇ。池に戻りましょう」
 言ってアイレンが抱き上げると、器用に腕をすりぬける。ドジョッチの身体がヌルヌルした膜で覆われているのは、ヒロトも目で見てわかった。
「あ、こら!」
「ボーウ」
 ドジョッチは不満そうな声をあげる。ヒロトは改めて池を見下ろすと、他に数匹のドジョッチが見えた。
「仲間となにかあったんじゃないですか?」
「もともとこの子は、ジャンプ力はあるんだけど、それだけって感じで。他のドジョッチほど強くはないから、たまに仲間外れにされちゃうのよ」
 他のドジョッチと離そうにも、大きな水槽が必要だし、そもそも野生ポケモンにそんなことしてもいいのかって問題もあるし。
 アイレンの言葉を聞いて、ヒロトは改めてドジョッチを見る。膜のヌルヌルが渇いてきたのか、さっきよりも元気がなさそうだった。
「強くなりたいの?」
 優しい声でヒロトが問うと、それでもドジョッチは強く頷いた。それを見て、ヒロトはアイレンに言う。
「僕が特訓つけてみてもいいですか?」
「えっ?」
「だって僕はトレーナーですから! 強くなりたい気持ちは一緒です。それに」
 ヒロトはスバメの入ったボールを持って言う。
「スバメも……さっきのスピアーになすすべもなかったからか、ちょっと自信なくしちゃってるみたいで。お互い強くなれたらって」
「……いいわね、さすがトレーナーだわ! ただし、モップ掃除と雑巾がけを済ませてからね!」
「はーい」
 言って、ヒロトはドジョッチを抱き上げる。ドジョッチはさきのような抵抗はせず、おとなしく池に戻った。

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