Stage 14 : レイニーロード


 夕食までには終わらせること、とアイレンに言われ、ヒロトはスバメとともに、あのドジョッチと向き合った。池のドジョッチたちも気になってしまうようで、半身は池につかりながら様子を見ていた。一帯では小雨が降っている。
「そもそも、キミも身体のヌルヌルが渇くまでだったね」
「ボーウ」
「じゃあすぐ始めよう! スバメ、“翼で撃つ”!」
 まず指示したのは、今までに何度も助けられた技だった。スバメは慣れた動作で旋回し、絶妙の角度でドジョッチに向かう。
 しかし、事態はスバメの思うようにはいかなかった。ドジョッチは、その身体のぬめりを利用し、器用に技の威力を受け流したのだ。
「やるぅ……」
 続けて、ドジョッチは池の端まで後ずさった。そして、水を起こしてスバメを狙う。その技は、ヒロトのプルリルも使える――
「み、“水の波動”だ! 避けろスバメ……」
 スバメは飛んで避けるが、不思議な軌跡を描いて水が追いかけてくる。さらに雨水も巻き込んだその奇妙な軌跡に、スバメは目を白黒させた。飛び方もおぼつかなくなり、ヒロトもその効果に気が付く。
「混乱したのか……」
 後ろから見ていたドジョッチたちも、驚いたようにそのドジョッチを見る。
「お前本当は強いんじゃ……」
「ボウ?」
「でも! まだまだ終わらねーぞ、そうだよな、スバメ!」
 言って、ヒロトはスバメを見る。混乱してはいるものの、自分の声にわずかな反応を示したとわかり、もう一度その名を呼ぶ。
「スバメ!!」
「……ちゅーんっ!」
 その声を聞いて技を警戒したのか、ナマズンはもう一度水を起こした。襲い来る水を見たスバメに、ヒロトはまず目を逸らせ、と指示する。
「そして、“かげぶんしん”!」
 さっきとは違い、計画的にダメージと状態異常の阻止に出て、スバメは見事それに応えた。
「いいぞ! そこで“でんこうせっか”!」
 ドジョッチ特有のぬめりを理解した上で、スバメは突撃する。ドジョッチは投げ上げられ、ぼちゃりと音を立てて沈んだ。
 ドジョッチの落ちた池を、ヒロトもスバメも、黙って見つめる。バトルを見ていたドジョッチたちは、もはやここまでと思ったのか、散り散りになった。
 そのとき、池が光った。ヒロトも何度か見たことのある、夕陽も沈みかけの今では目に毒なほどの強烈な光。
「……進化だ!」
 しかし、今回は少し違った。もうひとつ、ヒロトの足下でなにかが光り出したのだ。
「って、スバメも!?」
 ヒロトはたまらず目を細める。雨が光をより幻想的に見せる。
光がおさまるとともに少しずつ目を開くと、そこには進化したスバメとドジョッチがいた。
「えっと、名前……オオスバメに、ナマズン……」
 ヒロトにとっては、図鑑の画面すら見にくくなっていた。顔をあげて本物を見て、名前をもう一度呟く。ナマズンの周りにいたドジョッチたちは、小さな目を限界まで見開いていた。
 そのとき、アイレンが夕食の時間を知らせに来た。彼女も二匹を見比べて驚く。
「……進化したの?」
「はい。ナマズンも……って、やめとけー!」
 ナマズンは、喜びからか、得意になって高跳びする。ドジョッチだった頃よりも高さは劣るが、落ちたときの水しぶきは数倍になっていた。池にいた他のドジョッチたちは、怯えて端に寄る。
「他の子を怖がらせない!」
 アイレンがぴしゃりと言うと、ナマズンはすぐ動きを止めた。その、やんちゃな子供のような反応を見て、アイレンは表情を和らげる。
「もうあなたを仲間外れにする子はいないわ」
 アイレンの言葉に、ナマズンはポッポが豆鉄砲をくらったような顔をする。そして、今度は水しぶきを上げないように、ゆっくりと辺りを見回す。端に固まっていたドジョッチたちは、みんな笑っていた。
「よかった! さて、晩御飯いきますよっと。おいしいうちに食べちゃいましょー」
 アイレンに言われ、ヒロトはペンションに入る。途中で終わっちゃったけど良かったか、とヒロトが問うと、オオスバメは満足したように頷いた。

 翌朝、ペンションを出る時、ヒロトはその看板に気が付いた。
「そういえば、ここ……ナマズンの里って名前でしたね」
 ドジョッチの進化系から名前を取っていたのか、と、ヒロトは改めて納得する。
「そうそう。私が子供の頃からずっと、あの池にはナマズンがいてね。でも何年か前に死んじゃって、でも野生だからどうすることもできなくて。またどの子かが進化したらいいなって思ってたから、すごく嬉しいわ」
「そうだったんですか。……おーいナマズーン!」
 アイレンの話を聞いて、ヒロトはナマズンを呼ぶ。あまり高跳びできなくなってしまったナマズンは、それでもひれを振って応えた。
 長靴を履きなおして、ヒロトは東へ向かう。ふと影に覆われて見上げると、オオスバメが立派な翼を広げていた。

140604