Stage 15 : サファリゾーンの熱血漢


 鬱蒼と茂る森には多くのポケモンが生息していたが、人間が来ても別段気にせず、自分たちの生活を営んでいた。
 イゲタニシティのサファリゾーン区域は、アカガネ山北部の熱帯雨林気候が、南部に例外的に入り込んでいる地域である。そのため、ヒロトの目に入るのも、今まで見たことないポケモンばかりだった。
「よかったら出てきなよ、クサイハナ。なんか出会った時のことを思い出さないかい」
 ボールから出てきたクサイハナは、いつもより活発に動いた。しかし、よかった、とヒロトが笑顔で話しかけると、途端に表情が曇った。
「どうしたの?」
「ナ……」
 クサイハナは近くの木製屋根を見た。ヒウメの森と同じくスコール対策で設けられたものであるが、ヒロトはサファリ入り口でレインコートを借りていたし、小雨は常に降っているから、あまり使う機会はなさそうである。しかし、クサイハナは、なにか伝えたいことでもあるかのように屋根を見つめていた。
「あそこに何かが?」
 クサイハナは身体を横に振った。近づきもしないから違うらしい、とヒロトは思うが、かといって他に何かを読み取れるわけではない。
「……さっきまで元気そうだったし、こういう雨が好きなのはほんとだろ? よかったら一緒に回ろう」
 ヒロトの言葉に、クサイハナは頷いた。

 サファリゾーンのポケモンは捕まえることもできるが、ポケモンで弱らせることは禁止されている。エリア内のポケモン同士の関係に影響があってはいけないからだ、と受付の人はヒロトに話した。
「うぎゃああっ!」
 突然、ポケモンが突進してきて、ヒロトとクサイハナは慌てて避ける。
「クサイハナ、攻撃はするなよ」
 ヒロトが声を潜めて言うと、クサイハナは渋々了承した。赤く鋭い耳を持ったずんぐりむっくり体型のポケモンは、ヒロトたちには目もくれず、毒蛇ポケモンのもとに突進した。毒蛇のポケモンは迎撃態勢をとっている。
 鋭い爪と毒針が行き交う。自分たちに興味がないとわかったヒロトは、茂みからその争いを眺めながら図鑑を開いた。
「ザングースとハブネークの争い……そうか、長年の敵なんだな」
「ナ……」
 クサイハナは疲れたのか、その場にへたりこんだ。ポケモンで弱らせてはいけないと言われた時は不安な気持ちにもなったが、ポケモン側からトレーナーに攻撃してくることはなく、さらにあれだけの攻撃力を持っているとなると、こちらも攻撃する気がなくなるというものだ。
「捕まえたいなら、石かエサを投げてから、サファリボールで捕まえたらいいんだっけ。全部貰ったけど……使うことってあるかな」
「ナナナ」
 ヒロトは巾着袋の中を覗き込む。エサはともかく、こんな鋭利な石を投げれば、独特の生態系の中生きるポケモンたちとて、トレーナーを攻撃したがるのではなかろうか。
 その時、土を蹴る音がした。それもポケモン一頭ではない、集団だ。
「なんだなんだ? 行ってみよう」
 ヒロトが言うと、クサイハナは立ち上がった。ザングースとハブネークを見て、少しここの空気にも慣れたところで、クサイハナも少し身軽になっていた。
 ヒロトたちは、足音が響くほうへ歩を進めた。途中で足音は止み、じゃぶ、じゃぶという音に変わった。
「川だ!」
 森を進むと川があり、上流を見ると、同じ種族のポケモンたちが順々に川を渡っていた。ヒロトが図鑑を開くと、「サイホーン」という種族名が載った。
「へ、へぇ……でも、この見た目だと、岩か地面か、とにかく水には弱そうだけど、みんな川をざぶざぶ渡ってる。すごいな」
 手持ちにいたら頼もしい、と思ったところで、ヒロトは石に手をかけた。川に向かって水平に投げるのが得意なヒロトは、上流の相手にもいつもと同じように石を投げた。かくして、その石は一頭のサイホーンにぶつかる。
「よしっ!」
 そのサイホーンは、ヒロトの姿を確認すると、その力強い前足で水を思いっきり起こした。その水量は、ヒロトの身体をすっぽり覆ってしまうぐらいだ。
「げっ!」
 確かに攻撃ではないが、こういうこともあるのか!
 抵抗する間もなく、ずぶ濡れになって流されることを覚悟して、ヒロトは口を結んだ。しかし、衝撃はいつまで経っても訪れない。ざぶん、とふくらはぎあたりまで水がせりあがったのを感じたが、精々そこまでであった。
「よいしょー!」
 ヒロトが目を開くと、とても背の高い人が前に立っていた。彼は、彼の背丈よりさらに高い板を用い、水の威力をヒロトの左右に流していた。
「お互いサバイバル、気を付けないと」
 右肩で板をかついで、彼はにいと笑った。レインコートを着ていないから、濃いブルーの髪やスモークブラウンの肌に水滴が光っている。
「あ、ありがとうございます。僕はヒロト、君は」
「俺? ラナンだよ、ここでアルバイトしてんだ!」
 ラナン、という聞き覚えのある名前に、ヒロトはこれまでの出来事を思い出した。そして、その名前が先ほど聞いたばかりの名前と一致する。
「ひょっとして……ジムリーダー!?」

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