北の開拓者たち


「ねぇあんちゃん、ポケモンバトルしようよ」
 ある晴れた日の休憩中、ニアはゴウの隣に立って言った。
「は? 俺もポケモンたちもへとへとで」
 ゴウはそう言うが、一緒に休憩していたヒコザルとヨーギラスは、ニアの言葉に瞳を輝かせた。
「ポケモンたちはやる気みたいだよ。お菓子は別腹、バトルとなったら話が違う、ってね」
「あんまり上手くねぇぞ」
 ゴウは突っ込みつつも、腰を上げた。
「んじゃ、広場でな。よその田んぼや畑を荒らさないように」
「うんっ! やったー」

 同じ頃、ゴウとニアのホームタウンであるオーリむらへ続く峠を、二人と一匹が歩いていた。
「ロダンさん、こんなところに優秀なトレーナーなんているんですか?」
「まあ、アサギ育ちのラッセンにはピンと来ないかもしれないな。でも考えてみろ、優秀なトレーナーの出身地はジョウトのワカバタウンだったり、カントーのマサラタウンだったり、田舎町が多い」
 ラッセンは、以前に読んだ『ポケモンリーグ トレーナー名鑑』という本を思い出す。そこには歴代チャンピオンの出身地が書かれていたが、確かに「シティ」より「タウン」の方が多かったことが記憶に残っていた。
「うーん、でもそれって、十年に一度の逸材とかそういうのであって……」
「ワタシはその逸材を探している! まあ、アサギでキミを見つけたのはラッキーだったね」
「はぁ……ん?」
 ラッセンのすぐ隣にいたドーミラーが、太陽の光を自分に当てて、身を輝かせた。なにかを見つけた目印だ。
「ドーミラー、なんか見っけたん?」
 ラッセンは、ドーミラーの視線が注がれているほうを見る。ふもとで、二人のトレーナーがバトルしていた。
「年齢差があるな。兄妹か?」
「えーと、ポケモンはヒコザルとヨーギラスですね」
「あのヒコザルに指示を出してる女の子……年齢的にはスカウトの範囲内だな。急いで下りよう!」
「あー、ロダンさん待ってくださいよー!」

 バトルはすでに終盤で、ヒコザルもヨーギラスも体力は残りわずかだった。
 ヨーギラスは、ただ息が乱れているだけなのだが、どうもヒコザルはいつもと様子が違うように見えた。なにやら内なる力がくすぶるように。
「どっ、どうしたのヒコザルッ……」
 ニアはうろたえた。特性“猛火”にしても、ヒコザルはすぐに力を発揮する。それが、いつまでも発揮されない。
「猛火もあるけど……それは技だね!」
「あっ、あなたは?」
「通りすがりの見物人」
 ロダンは、かなり勢いよくフィールドについたが、兄妹が引いたフィールドのラインに踏み入ることはしなかった。後ろから、ニアより少し年上かというくらいの少年ラッセンが息を切らしながら走ってきた。
「まったく、ロダンさんってどうしていつもこう……」
「あ、あの、技ってどういうことですか?」
「俺も知りたい!」
 ラッセンが毒づくのをよそに、ロダンは二人に説明してみせた。
「ワタシの予想では、きっと“火炎車”を覚える前兆……かな」
 ロダンが言うと、ニアはヒコザルの母親、モウカザルの得意技を思い出す。
「あの、でんぐり返りの!」
「そうそう」
 でんぐり返りという子供らしい表現に、ロダンは笑いながら答えた。
「ヒコザル、見て。こうだよ」
 ニアはそのフィールドで三度前転した。それを見たヒコザルはよくイメージし、ゆっくり回転をはじめた。
「すごい!」
「でもまだ不十分」
「こうやって、前にとぶんだよ! ぴょーん!」
 またしても、ニアはモウカザルの技を思い出してまねをする。ヒコザルは回転を速め、身に炎をまとい、一気にヨーギラスに突っ込んでいった。
「ヨーッ!」
 ヨーギラスはその炎技に目を回し、その場に倒れた。
「ヒコザルの勝ちかぁ……でもすごいぞヒコザル、新しい技なんて」
「ヨー」
「ほらヨーギラスもお祝いしてくれてるぞ!」
「……ウキャッ!」
 ヒコザルは得意になって、Vサインした。
「一つ言うなら、今のは少し軸がぶれていた。でも、またキミがさっきみたいに教えてあげたら、もっとコントロールもできるようになる」
「本当ですか?」
「まあ、俺たちバトル専門ってわけじゃねーけどな」
「え、そうなの……」
 ロダンがそう言った時、おーい、と田んぼのほうから声が聞こえた。
「ニア、あなたに大事な話があるの」
 声の主は、ニアとゴウの両親だった。
「え、なに」
 ニアがそう言うと、無精ひげを生やした父が口を開く。
「お前を工場に働きに行かせることになった」
「えっ……?」
 ニアの表情から笑顔が消えた。ゴウがすかさず沈黙を破る。
「な、なんでニアなんだよ! 俺は前から都会で働きたいって言ってたぞ!」
「何度も言わせるな。お前は長男だろう」
「うっせー!」
 ニアは黙りこくり、ポケモンたちがおろおろする中、ロダンが間に入った。
「まあまあ、お嬢ちゃんが嫌がってるではありませんか」
「誰だお前は」
「こういうものです」
 ロダンは、長く白い指を胸ポケットにすべらせ、一枚の名刺を差し出した。
「サクハ地方バトルフロンティアオーナー、ロダン……サクハって、南東にある」
「はい、先日起業しました。今は世界を渡り歩き、優秀なトレーナーの卵を探しています。今一緒にいるそこのぼうや……ラッセンもスカウトしたうちの一人です」
 両親の視線がラッセンに注がれると、ラッセンは慌ててお辞儀した。
「で、そんな人がなんて?」
「単刀直入に言えば、お嬢ちゃん――ニアさんをスカウトしたい。重労働で安い自給の工場にくれてやるぐらいなら、出世のチャンスあるポケモンバトルで鍛えさせます。さっきのバトルで、ワタシは彼女に才能の片鱗を見た」
「ポケモンバトルだなんて不安定な! 出世のチャンスがある人なんてただの一握りでしょう」
「ニアさんがそのうちの一握りだと言っているのです」
「僕が言うことじゃありませんが、この人はすごいですよ。世界各地のバトル施設で勝った証をたくさん持っているんです。サクハフロンティア建設予定地に行った時に見せてもらいました」
 ロダンの言葉に、ラッセンが援護射撃する。
「だからって、そんなこと」
「ニア、ロダンさんについてく」
 ニアは確かな意志を持って、言った。
「認められない」
「どうせ家から離れるなら同じでしょ?」
「もう、わかって、ニア。ゴウもなにか言いなさい、実際あんたは都会に行きたいって言ってたんだから」
「こんな時まで俺の気持ちを利用するなよ。ニア、どうやら俺は田んぼを守ってかなきゃいけないらしい。メチャクチャ頭が固い父ちゃんと母ちゃんのことは俺に任せて、その、フロンティアってとこに行ってこいよ」
 ゴウは納得のできないところもあったが、これも結局長男の役目なのだ、と割り切った。
「ゴウ!」
「一生に一度のわがままだと思って、送り出してやれよ。ニアの目見てりゃ、止めたって一歩も引かないことなんてわかってんだ」
「まぁ確かにな……」
「あなたまで」
「おれたちもゴウと共に田んぼは守る。ニアはそうだな、ヒコザルと、仲の良いサニーゴを連れて行け」
「い、いいの?」
 ニアはおずおずと父、それから母を見る。母はため息をついた。
「ほんっと、しょうがないわねぇ……」

 その日の夜、ニアは準備をととのえた。母は結局、ごちそうを作った。
 そして翌朝、ロダンとラッセンが迎えに来て、ニアは二人についていった。

「故郷と離れるぞ」
「工場よりはいいでしょ」
「そうか? フロンティアには、バトルファクトリーなんて施設もあるぞ」
「えっ?」
「まあ、本当の工場じゃないから。フロンティアってのは……」
 ロダンはそこで話すのをやめた。ニアは瞳に大粒の涙をため、しまいにはわんわん泣きじゃくった。

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