「ムクホーク、ここで」
 これまで運んでくれたムクホークに、サミナは着陸を促した。
 人工島の周りをぐるりと飛び、彼を見つける。わかりやすい白髪だ。砂の民のアイデンティティがほとんどない自分が例えるのもなんだろうが、砂漠の太陽がとても似合いそうな。
「デイジ。私ともう一度バトルして」
 デイジが振り返る。改めて見ると身長が高い。
「待ってた」
 私がミタマを旅している間、彼はどのように過ごしたのだろう。すべてを聞くことはできないだろうが、今は砂の民同士である以上に、ポケモントレーナー同士。
「ムクホーク、ありがとね。これから先は一対一のバトルなの」
 言うと、ムクホークは飛び去る。手を振ると、上空でにかっと笑ってくれたのが見えた。
「さて」
 サミナはデイジに向き直る。
「行くよカエンジシ!」
「ギガイアス、行くぞ」
 似たようなニュアンスの掛け声で、両者が出そろう。バトル用語で言うなら、出し負けた状態。ギガイアスは場に出るなり周囲の砂を巻き込み、砂嵐を起こした。
「砂起こし……場を砂嵐にする特性ね。じゃあこっちから。カエンジシ、雄叫び!」
「ロックブラスト」
 雄叫びをあげギガイアスのリズムが崩れたのか、ロックブラスト一発一発の威力は落ちる。それでもタイプ相性的には不利で、カエンジシはかなりつらそうに見えた。
「がむしゃら!」
 弱ったまま放つ。その後の攻撃で敢えなくカエンジシは倒れてしまったが、最後の攻撃でギガイアスもかなり疲労させることができた。
「次は……」
 正直なところ、ミノムッチでは少し心許ない。技も少ないし、砂嵐が続く限りデイジに有利な戦況だ。いつもの読み合いバトルでは数ターンも持たないだろう。
 かと言って、今ここでロゼリアに任せるのも。
「ミノムッチ、頑張ってみよう。私もついてるよ」
「ぷしゅう!」
 サミナの迷いとは裏腹に、ミノムッチは自信満々な姿を見せてくれた。彼女の、もっとバトルしたい思いに応えなければ。
 一ターン目は、守るで牽制。隙があれば、岩タイプの技で攻めてくるだろう。
「岩に隠れて!」
 そのサミナの指示は、勝ちに行くというより、ミノムッチに少しでもバトルの時間を与えるためという目的が近かった。確かにその時、勝敗など関係がなかった。しかし、サクハ地方の乾いた土地で育ったであろうギガイアスは、岩場での視力も非常に高かった。
「そこだな、ロックブラスト」
 その時は五発。ギガイアスは体力が落ちていてもそのコントロール力は驚くほどに正確で、今まで育ってきた環境やデイジとの日々を思わせる。しかしそれは、本土を旅したことによりサミナの想像力や思いやりが育っていたことの証でもあるのだが。
「ミノムッチ……んん?」
 ミノムッチは耐えていた。旅に出る前の見慣れた姿――硬質なゴミを盾として。
 そのまま身体が光り出す。溢れる光を無数の砂が反射し、大都市の岬に幻想的な光景が広がった。
「進化だ……」
 ミノマダム。ゴミのミノだから、虫タイプに鋼タイプが加わる。ということは、砂嵐によるダメージを受けない。
「すっすごい……! まだ行けるね、よし、メタルバースト!」
 そのまま、先ほどの攻撃を1.5倍にして返す。ギガイアスは砂の中で倒れ、戦闘不能となった。
「よし!」
「やるじゃねえか」
 そう言ったデイジもバトルを楽しんでいるようだった。そうだよね、バトルは楽しくなくちゃ。サミナは気合いを入れ直す。

 デイジの大将、唯一ニックネームで呼んでいるドンファンのパレードは、こちらも大将・ロゼリアが倒した。
「はじめのバトルでもこの二者だったね」
 デイジに勝ったはいいもののどう話してよいかわからないサミナは、単純に出会ったときのことを話した。
「ああ、そうだったな」
 その意図をわかってか、デイジもそのように返す。
 旅をしているとつい心配性になり、買い込んでしまっていた元気のかけらを用い、サミナはカエンジシとミノマダムを回復させた。隣ではデイジもポケモンたちを回復させる。
 改めてミノマダムの姿を見て、サミナは不安を隠さず言った。
「そのミノで良かったの?」
 ミノマダムは首を傾げる。人工島を出て、ミノムッチは二度ミノの材料を変えた。あふれる本土の自然を感じさせる草木のミノ。それだけではない自然の厳しさ、またサミナのルーツである砂の民らしい見た目をした砂地のミノ。そして今は、もとのゴミのミノ。
 ミノマダムはにっこりと笑った。
「それがしっくり来るんだろうな」
 隣でデイジが悲しそうに言う。デイジにもサミナにも、ミノマダムの意図は伝わった。たとえ先祖のルーツが違っても、たとえ育ったのが人工島でも。ミノマダムにとっては都会こそが故郷で、一番安心するのだろう。
「……っデイジ!」
 ミノマダムの選択を受け、サミナはデイジに向き直る。伝えなきゃ。旅で思ったことを。
「私、何も知らなかった。砂の民のことも、デイジの苦労も。それから……ミタマ地方のことも」
 デイジは浅く頷いた。
「砂の民だけじゃなくて、古いものとか、伝統とか、全部なんとなく避けてて。でも、本土のみんなは、エーディア様のもと私にも優しくしてくれた。助け合ってた」
「そうだな。それは俺も正直、羨ましかった。砂の民の生きた信仰なんて、今はもう殆ど無いし成立もしないのだから」
 デイジの言葉に、ラルクに言われたことを思い出す。消えた信仰のなかでは、砂の民はどういう存在だったのだろう。
「……でもきっとさ! 助け合うことならできるはずだよ」
 そしてガリオンの言葉を思い出して言う。サミナとデイジ、二人とも不完全な人間だ。
「私はもっとミタマ地方を旅したい。今回はコアさんの知り合いのジムを回っただけだし、本当の旅って、こんなもんじゃないと思う。それに、チャームを集めてレベルの高いリーグに出たら、他の砂の民の人に気づいてもらえるかも。ミタマ地方に居ながらでも、できることってあるはずだよね……?」
 最後で語気が弱まる。サクハに戻って欲しいと話したデイジの望むことではないだろう、とサミナは思っていた。
「そういうことなら……パレード」
 デイジはドンファンのパレードを呼んだ。ドンファンは前足を持ち上げる。もしや力づくか、と、サミナは身構えた。しかしドンファンが襲ってくることはなく、牙になにかキラキラしたものがかかっているのが見えた。
「このチャームもいずれ手にするってことだよな?」
「……ああ! デイジもジム巡りしてたの!?」
「首都と学問の拠点は見ていても良いと思ってな。異民族のものなんてつける気にもなれんが、パレードが気に入ったようだから身につけさせてる」
 サミナは唖然とした。パレードがつけていた二つのチャームは、ともにサミナが持っていないものだ。先ほどの言葉から、おそらくペンタシティとノナタウンを回ったのだろうが、そんな正反対の場所を、よくもこの短時間で。
「歴史の本、エーディア教の本。世界史の概説書も読んだな。お前が旅立ったと聞いて、俺も知識を集めておこうと思ってな。フウは新人のジムリーダーだったが、ノーマルタイプらしい堅実な戦略でなかなか手こずった。クラウとアリスは俺がバトルした中でも特別に強い二人組だった。……そして、俺がジムを出るとき」
 なんとなく察しがついたが、サミナは続きを促した。
「あなたにもエーディア様の加護があるようにと言われたよ。エーディア様は皆を見守ってくれているから、異国民にも別け隔てがないのだと。彼女たちの態度に、この地方の教えの本質を見たよ」
「うん、うん」
「勝てよ、サミナ。そしていつか、サクハ地方のクオンの地にも来てほしい」
「……もちろん! その時はミタマ本土の人と同じぐらいのおもてなしを期待していいんだよね?」
「お前なぁ……まあ、料理ぐらいは作ってやるさ」
「料理するの? 意外……」
「旅すりゃレパートリーも増えるさ」
 サミナとデイジが話す傍らで、ドンファンとロゼリアもなにやら親しく話していた。人工島の片隅で、また新たな友情が芽生えていた。

 ○

 毎日のように訪れていたから、少し離れていただけでも懐かしく思えてしまう。
 ライザージムのアトラクション。はじまりはいつだって田舎道、そんな旅物語とは全く異にしているが、ポケモントレーナー、サミナの始まりの場所といえばここしかないのだ。
 傍らには旅をともにしたカエンジシと、ロゼリアと、そしてゴミのミノを選んだミノマダム。みんな旅立ちの日より逞しくなっていて、成長の早さにトレーナーながら驚いてしまう。私もこう見えていると良いのだけど。
「……コアさん!」
 何度もお世話になったジムリーダーの名を呼ぶ。彼が振り返る間、なんだか恥ずかしくなってヘアピンを隠してしまった。
「チャームが三つになりました。デイジともちゃんと話せました。それで私、まだミタマにいようと思います。もっといろんな町を見て、生まれ育ったこの地方のことをもっと知れたら、改めて砂の民のことも知れると考えたんです」
 チャームを見せるために、ヘアピンを隠していた手もとらざるをえない。コアはひとときの沈黙ののち、ぱっと表情を明るくし、いつもの親しみやすい笑顔を見せた。
「サミナーよかったー!」
 腕を広げてくれたから、そのまま飛びついてしまう。これも挨拶だ。頼れるジムリーダーが相手だとつい童心に返ってしまう。
「これ、つけてくれてたんだな」
 ヘアピンを指してコアは言った。サミナは照れながらも、正直な気持ちを話す。
「前髪持ち上げて、視界がきいたほうがいいって、コアさん言いましたよね。本当にその通りで、とても気持ちが軽くなりました。それに、これをつけてたら、なんだか勇気が湧いてくるみたいで」
「へえ、勇気、勇気。……なるほど……それはよかった!」
 コアは逡巡したのち、笑顔で答えた。

 一週間ほどをヘキサシティで過ごし、また旅支度を始めたときは、もう行くのかとコアに言われたが、とくに止められはしなかった。信じてくれている、と思うと、サミナの自信にも繋がった。
 二度目のペンタシティは、以前訪れた時よりも色々なものがわかってきて、ミタマ人としても、砂の民の子孫としても、視界の狭かった自分が変われてきているのだと嬉しく思った。
 背筋をしゃんと伸ばして歩くと、女性に声をかけられた。
「そのヘアピン、とても素敵ね。そのドレスも。そんなおしゃれなあなたに、少し付き合ってほしいことがあるんだけど……」
「え?」
 赤い長髪にビビッドな瞳。なんだかはじめて出会ったわけではないような、そんな不思議なオーラをまとった女性だ。

 本当はまだ照れくさい。それでも。

「エーディア様の思し召しで出会えたなら、是非協力させてください。それで……」

 前を向いて、生きていこう。

Fin.

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