Slide Show - 古今東西
吹雪がぴったりやむ“聖域”が、その地にはあった。
ドゥクル山脈に、ゼンショウの家を通るルートで入り、そのまま東西ナズワタリの境界までひたすら進み続けること四時間。コトヒラは、ミオがゼンショウに聞いた聖域入りの条件を達成したことになる。
道中には強いポケモンも多かったが、コトヒラと彼のポケモンたちのほうが一枚上手であった。
“聖域”には温度もなかった。
暖かい、とか、寒い、ではない。温度がない。コトヒラにはそう思えた。
さっきまで吹雪にさらされていたため、少しは暖かいと感じても良いものだが、そうでもない。
やがて視界が明瞭になる。そこには、ツンドラの中普通は自生できない植物が多く見られた。
がさ、と音がする。コトヒラがそちらを見ると、一人の少年が顔を出した。
人とドラゴンポケモンの子孫というものをはじめて見るコトヒラにも、彼はいかにもそういった存在なのだということがわかった。
「そのカイリュー……ゾロアークだよね」
少年は、コトヒラの隣に立っていたカイリューを指して言う。カイリューは観念したように、元の姿――ゾロアークに戻った。
「やっぱりわかるのか……」
「わかるよ。君は?」
「俺は……俺のゾロアークならすぐにわかるけど」
「でしょ。僕にとっては、その「俺の」がちょっと広くなっただけ」
「……」
コトヒラは少年を見つめる。少年も外部の者が珍しいのか、まっすぐ見つめ返してきた。
ゼンショウとジムリーダーの件で合意した際、聖域に入り次代竜の司に相応しい人物を探す、という条件が課せられた。そのことを少年に説明する。
「ああ、竜の司って、下界の?」
下界というほど下でもないが、とコトヒラは思う。
「普通、子供が継ぐんじゃないの? その、ゼンショウさんの」
「長い間子供が生まれないまま、奥さんに先立たれてしまったらしい」
「なるほど、なかなか背水の陣だね。竜の司がいないと僕たちも困る。だから……しばらくここに住むことをすすめるよ」
「住む? ここに?」
言えば少年は口をへの字に曲げた。ここは人とドラゴンポケモンの子孫だから住めるのであって、コトヒラには無理なのではないか、と。
「君も住めるよ。そして、竜の司に相応しいひとを見極めてくれたらいいと思う」
「相応しいひと、か……」
見たところ、君とゾロアークは信頼し合っているようだし。
言われて、コトヒラはゾロアークと顔を見合わせた。他のポケモンに化けて他者を欺くポケモンを信頼している、というのもおかしな話だが、コトヒラの窮地を救ったのはいつもゾロアークだった。
「ポケモンと一緒なら住めるさ。確かコトヒラっていったよね。僕はカダム。ようこそ、ドゥクル・サンクチュアリーへ」
○
十万ボルト、そして波乗り。
素早さに甲乙つけがたいポケモン二匹の攻撃は、文字通り激突した。
場に残ったのはロトムか、それともネオラントか。ステラとミオが目を凝らす。最初に気がついたのはステラであった。
「ネオラントだ!」
その声にカグロはほっとする。苦手な技を受けても、ネオラントはどうにか踏ん張った。カグロのほうを振り返り、薄く笑う。
ロトムをボールに戻したヤエは、一言、参りました、と頭を下げた。
「いえ、そんな。熱いバトル、ありがとな。ロトムのガッツは凄かった」
「そうねー。ルージュラとグレイシアが倒されても、ロトムはずっと場にいたわけだし……」
カグロとミオの言葉に、ヤエは顔を上げる。
「新ブレーン、よろしくお願いします」
「ああ、そっちこそ、ナズワタリのジムリーダー、頑張れ」
新旧ファクトリーヘッドの二人は熱い握手を交わした。
勝利の証を二人のトレーナーカードに刻み、ミオはソファに座った。カグロは、テーブルの上に置いていたファイルを、すっとミオの方に寄せる。
「イッシュの遺跡で見つけた古代文字だ。ミオ……ねえさんになら、わかると思って」
「なるほど。しっかり訳も書いてるじゃない。こういう記憶力はすごいわよね、あんた」
「ただ、この四文字が……全くわからなくて」
「そうね、私もわからないわ」
ミオに即答され、カグロはがくっと肩を落とした。
「えっ……」
「バトルの苦労は一体……なんだったんだよー!」
「そうね、私のわがままを聞いてくれたんだから、私も暗号解明に尽力すべきね。独自の記号が使われてるってことは、固有名詞である可能性が高い……まずそこから調べてみましょう。これ、預かってもいいかしら?」
「解明できる目途はあるのか?」
「イッシュといえば、対となるドラゴンポケモンの伝説が残る場所。ナズワタリの“竜の司”に協力してもらえば、何かわかるかもしれないわ」
「……わかった」
カグロが言うと、ミオは紙をファイルに閉まった。それを見て、ステラが言う。
「あのさっ、……オイラたちにできることって、ある?」
「できること?」
「暗号解明で!」
ステラは目を輝かせて言った。全く、字も読めるかどうかってやつが、とカグロは思ったが、何か考えがあるのだろうと思って口には出さなかった。
「そうね……ひょっとしたら、イッシュ地方のリュウラセンの塔というところにヒントがあるかもしれないわ」
「リュウ、ラセン……か。わかった、行ってみる!」
「ステラ」
「大丈夫、イッシュ一度は行ってみたかったし! カグロ行ったことあるんだろ、色々教えてくれよ」
「はぁ……まあ協力してくれるのは嬉しいが」
「だろ!」
ステラが笑うと、つられてミオとヤエも笑い出した。
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