Slide Show - 処女航海


 チェックアウトを済ませると、ユースホステルの前にはスドウ博士がいた。
「お疲れ様。楽しかったかい? 合宿」
「もっちろん! ポケモンもいっぱい見れたし!」
「バトルもできたし」
「ポケスロンにも行けたしなー」
 六人は目をきらきらさせ、各々の感想を述べた。
「そうか。帰る準備はこちらでした。港までは送ってあげるからね」
「ありがとうございます。博士もユースホステルの人も優しくて……」
「ここは平和だからね」
 博士に送られ、港に着くと、彼の助手、コハルが待っていた。
「ほら、木の実。ぼんぐりもちょっとだけ。お腹空いたらみんなでわけてね」
 そう言って、大きな木の実袋をニアに渡す。ニアは目を輝かせた。
「あっありがとうございますー! もう早速食べたいぐらい」
「みんなでわけるんだからな」
「わかってるよー」
 ダイジュとのやりとりを見て、博士とコハルはくすりと笑った。
「それほど大きくはない船だけど、帰りたい、と強く思えば帰れるはずだ。全員で思うんだよ。さぁ、乗って」
 子供たちがぞろぞろ乗って、体勢が整うと、船は出港した。スドウ博士も、コハルも、見えなくなるまで手を振った。

「本当に念じるだけで帰れるのかなぁ。なんか騙されてない?」
「いや、ここに来る時だって、嵐に巻き込まれたけど着いたことだし……案外どうにかなるのかもよ」
 そう話している時だった。いきなり、目も開けていられないぐらい強い閃光が彼らを照らした。
「ひあっ!」
「と、灯台……?」
 タリア地方南部の港にある、“目覚めの灯台”の光は、他のものを何も見えなくする。ただ、ラッセンだけは、目の前に人がいるとわかった。しかし、逆光が強くて顔はわからない。
「ラッセン、だね」
 それは男の声だった。
「……そう、ですが」
「これを」
「えっ」
 しゅ、と、その音だけがラッセンに響く。まばゆい白の中でも存在感を放つ、黄色のリボンだった。
「しおりに。君はここの記録を残してくれたから」
「えっ……あの!」
 そうしている間にも、全てが光に飲み込まれそうになり、ラッセンは叫ぶ。
「ありがとうございます、あの、お名前を!」
「私は……セラク」

 六人が目覚めた時、すぐそばにロダン、そしてエデルがいた。
「よっよかったー! キミたちずっと行方不明だったもんだから……荒波に呑まれたら、ワタシはなぜかリンドウ港に戻ってて、キミたちはいなくなってて……エデルにも協力してもらって、随分探したんだよ」
「春の休暇があって良かったですわ。リンドウ港の近くで待って、帰還情報が入ってすぐにお迎えできたわ。でも、みんなどうしていたの?」
「えっ……」
 六人は顔を見合わせる。
「……覚えてないの?」
 エデルの言葉に、六人が不安そうな顔をすると、逆にロダンは笑った。
「なーんだ、同じかぁ。お互いドゥリムルにも見られたかな、こりゃ」
 サクハの人は、ド忘れしてしまった時、この地にいるとされる、夢を司る幻のポケモン「ドゥリムル」になぞらえて、「ドゥリムルに見られた」と言うのだ。
「ま、疲れてるんでしょ。まずはしっかり休みなさい。なにか思い出したら、ワタシに話してくれたらいいしね」
「はい……」

 よく状況が呑み込めなかった。ポケモンたちは、確かに前より育っているのだ。日数も過ぎている。
 ただ、何があったか思い出せない。
 ――ただ一人を除いて。

 少し濡れてしまったノート、それに挟んであったしおり。それが、ラッセンが記憶を辿る鍵になったのだ。
(……セラクさん。タリア……)
 そうだ。あの世界、「タリア地方」は確かに存在していたのだ。
 普通には辿りつけない、不思議な……本の中のような世界。
 なんとなくわかりかけてきたかも、わからないけど、と、しばし逡巡し、ラッセンは記録ノートを閉じた。たまには、こういう御伽噺があってもいいかもしれない、と思ったのだ。
 しばらく物思いにふけろうとしたが、ニアの声がそれを遮った。
「どうしよう! ラッセン、カブルモ見なかった……?」
「へ?」
「ボール! 空なの。サニーゴとゴウカザルはいるのに……!」
「えっ……」

⇒物語は『小千世界』へ


 多くの紆余曲折を乗り越え、処女航海、完結いたしました。これから『古今東西』の内容と合流し、『小千世界』へと続きます。
 私が書かなかったところも、タリア地方は魅力でいっぱいです。素敵な地方をがっつり貸してくださったうえ、スピンオフ小説まで書いてくださったへちょさんには感謝してもし尽くせません。
 小千世界も書き終え、『Slide Showシリーズ』の完結を目指していきたいと思います。読んでくださった皆様、ありがとうございました。

 140419