Switched Records - 01


 目の前に突如落下した非科学的な日常に、ルイスは戸惑いを隠せなかった。

 さっきまでに何があったのか、ルイスは記憶を丁寧に辿る。
 まず、ミシロタウンの上空に、何やら強く光るものを見た。それは空気を切り裂き、家の庭に迫った。
 危険を感じたルイスは、手持ちポケモンであるルナトーンとソルロックに念力で止めるよう指示したが、速さは少し落ちたものの、庭への落下を完全に止めることができなかった。
 その物体はさながら宇宙船のようで、もくもくと上がる煙が、ミシロの夜空に薄く映った。
「とりあえず」
 ルイスは庭の蛇口にホースを取り付け、宇宙船の煙が消えるまで水をかけた。
 煙が完全になくなったとわかると、恐る恐るその物体に近づく。
「これ……デボン製か。トクサネ宇宙センターで使われてる型だ」
 ルイスは、宇宙船の側面に小さく描かれた有名なロゴマークを見て呟いた。
 ホウエン地方北東部の、宇宙開発で有名な島トクサネシティ。天文学が専門のルイスは、いつかトクサネに行って、ロケット打ち上げの瞬間を生で見たいものだ、と思っていた。
「なんでこんなところに」
 ハッチらしきものは驚くほど簡単に開いた。中に何者かがいて、あらかじめロックを解除していたのだ。
 その人影を覗き込む。さきの水で濡れた人間一人とポケモン一匹であった。
「ヒャー」
「チリリン……」
 見た目はルイスと同い年か、少し下かくらいの少女が、狭いハッチから出る。チリーンが後に続いた。全く未知との出会いに、ルイスはどぎまぎする。
「ワタシ……」
 黄土色の髪をした少女が、親指で自分の胸を指す。いきなり自己紹介とは、なかなか無防備なものである。
「……ダレ?」
 予想外の疑問文に、ルイスは拍子抜けした。
「誰、って、わからないのかよ! 今落ちてきただろ、上空から!」
「……」
 彼女は、心からわからないといった様子でルイスを見つめた。警戒心や不信感は見てとれない。
「言葉、通じてない?」
「わかるト、わからない」
「わかる言葉とわからない言葉があるってことか……?」
 少女は首を縦に振った。あまり信じたくないのだが、彼女は恐らく、記憶喪失にあっているのだろう。
 宇宙船の墜落にしても、ここ最近トクサネで有人のロケットを打ち上げたという報道もない。
「どういうことだ……?」
 しばらく考え込んでいると、キッチンの窓が開く音がし、ルイスの母が息子を呼んだ。さわやかな水と皿の音が少しだけ聞き取れる。
「ルイスー、何してるの、風邪引くわよー」
「あ、ああ、今戻る! ……んだけど」
 宇宙船を茂みに隠し、名前すらわからない少女を玄関まで連れた。
「母さん、今時間いい」
「え、何かあったの?」
 母は、食器を洗う手を止め、玄関に向かった。
「この女の子、都会で働いてたらしいんだけど、仕事やめさせられて、このあたりを放浪してるらしい。俺がカナズミに行くまで、ここに置いてあげてもいいかな」
 ルイスは、咄嗟に考えた嘘を言った。
「え、こんなに小さいのに仕事を? 色々事情があるの?」
「ン……」
「そうだね。でも、あんまり話したくないみたい。当たり前だけど」
 少女は不安そうに二人を見つめる。言葉が分からないのであれば、当たり前だろう。どのあたりまで通じているのか、ルイスに知る手段はないが。
「んー、そうね。置いてあげるわ。家事とか全然やらないルイスのかわりに、ちょっと手伝ってもらうかもしれないけど」
 母が少女に優しく笑うと、少女は、ハイ、と返事した。
 分かっているのか分かっていないのか、そのタイミングでの返事に、ルイスは少し面白くない気持ちになった。

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