Switched Records - 03


「母さん、昨日この子名前教えてくれたよ」
「え、そうなの? で、お名前は?」
「ルキ……」
 その問いには、ルイスではなくルキが答えた。
「へえ、ルキちゃんっていうの、よろしくね」
「ハイ」
 母は特別リアクションを起こすことはなかった。そこでルイスが言う。
「ルキって名前、聞き覚えない?」
「いきなりどうしたの」
 そう返しつつ、ルイスの母は少し考えを巡らせた。
「あるかなーと思ったけど、忘れちゃった」
「忘れたって……」
 聞き覚えがあるが、どこで聞いたか忘れた、なのか、聞き覚えがあるかどうかを忘れた、なのか。
「まあいいじゃないそんなこと。うん、ルキちゃん! いい名前ね」

 ルイスは特に何もやる気が起こらず、部屋で頭を抱えていた。
「ドウシタノ」
「君のことだよ……父親がそっくりで、身内の可能性があって……でも母さんは適当じゃないか」
「?」
「ああもう、どうしてこうなんだっ……ルキは悩んだりしないのか?」
 わかるはずがない、と思いつつ、ルイスは訊かずにはいられなかった。
 ルキはぷうっと頬を膨らます。
「コトバ、トーサン、ルキ……」
 そう言ってからも、口をぱくぱく動かす。伝えたいことが他にもあるのだろう。でもどうしても上手く言葉にできず、最後はうつむいてしまった。
「ああ、ごめんな、ごめんな。ルキも色々考えてるよな」
 よく考えれば当たり前のことだ。ルキはこちらの言葉は大体わかるようだし、あまり話せないだけで、知能自体が劣っているわけではない。
「……そうだ」
 ルイスはあることを思い立ち、本棚から雑誌を取り出した。
 “流星の滝”特集号と大きく描かれた表紙をめくり、そこに載っている中年男性の写真を指差した。
「俺、もうすぐ、しばらく家を出るんだ。この人、ソライシ博士っていうんだけど、この人とコンタクトを取ったら、俺も次の研究合宿に同行させてもらえることになって」
「ガッシュク……?」
「ああ。カナズミシティってとこのデボンコーポレーションで会う約束をしてる。合宿メンバーでは、俺が最年少! もしかしたら、ソライシ博士に訊けばルキのルーツだってわかるかもしれないし、そこから新たな発見につながるかも」
 目を輝かせて話すルイスを見て、ルキの相槌もいつもより多くなる。
「……あ、ごめんな。でも、いい案だと思う」
「いく」
「……え?」
「いく」
 いつも通り、ウンとかハイとかで答えると思っていたら、ルキはしっかり、いく、と返事をした。
「よし、そうと決まれば、ソライシ博士を説得。それから……母さんの家事の手伝い、な」
「ウン!」

 家の電話で、ソライシ博士に電話を数度かけた。
 だが、いつまでも呼び出し音が鳴ってから、留守電センターに接続するばかりだった。
「おかしいな。朝も昼もダメで、夜も……」
「オカシイ」
 昼は、「ルイスです。こちらから一つ伝えたいことがありますので、折り返し電話をください」と留守電に入れておいたが、折り返し電話は来なかったし、現に今も繋がらない。
「しょうがないなー。よし、ちょっと強引だけど、次は「僕ともう一人同行します。きっと博士も気に入ると思います、では」って言おう」
「ウン」
 一応メモ用紙に言いたいことを書き、もう一度電話をかけた。

120227