Switched Records - 04


 旅立ちの前日、ルイスとルキはミシロタウンを散歩していた。
 ここからカナズミシティまでは徒歩だ。カナズミまでの道中にも魅力的な土地が多いが、ルイスは一人でミシロを出ることはなかった。ここが一番、夜空がきれいだったからだ。
「チリーン、あれカワイイ」
「チリリン!」
 ルキが桃色の花を指差す。ルキもこの数日間でかなり語彙が増えたようで、ルイスとも普通に会話ができるようになってきていた。
 だが、相変わらず自分の過去については思い出せないようだった。
「チリーンっていえば……送り火山に住むポケモンか。ホウエンじゃそこにしかいなくて、しかもめったに出会えないっていうけど」
「そうなの?」
「うん。そういえば、俺がルナトーンに出会ったのも、ルキと出会った時みたいだった」
「アタシと?」
「ソルロックは、もう物心ついた時から一緒だったんだけど、ルナトーンは、俺が天体観測してた時に仲間になった。流れ星だと思った星が落ちてきて、それがポケモンだってわかって……流れたのはちょうどあのへん」
「へぇ」
 まだ明るい空を、ルイスは指差す。“流星の滝”の方角とは逆で、東だ。
「てことは、アタシも、ソラから?」
「うーん……いや、空から降ってきたのは確かなんだけど……空の前にどこにいたかっていう話になると」
「ウーン」

 じきに夕方になり、二人と三匹は家に帰った。
「おかえりなさい! 今晩はグラタンよー。ルイスの好物! ルキちゃんも好きかしら?」
 テーブルの真ん中にグラタンを置き、母が順によそおっていった。
 ルキは一つのマカロニにフォークを差し入れ、そのままぱくりと食べてみた。
「オイシーイ!」
「でしょ? ルキちゃんとルイスの好きな食べ物って似てるよねー」
「今日のは特別おいしい気がする。味かえた?」
「え? 変えてないわよ。あれじゃない? お母さんのお料理も今日でしばらくお別れ〜みたいな気持ちになっちゃってんじゃないの?」
「んー、そうなのかな」
 とにかく、やみつきになる味だ。ルイスはもくもく食べ、皿はすぐに空になった。
「おかわり」
「どうぞ」
 母はお玉をルイスに渡した。残りのグラタンは、食べようと思えば全部食べられるが、ルキもおかわりしたいんじゃなかろうかと、ルイスはルキのほうを見た。
「ルキもいる? もう空だよね」
「えっ、でも」
「いいのよ! 今日は多めにつくってあるし、好きなら遠慮なくおかわりしなさい」
「……はいっ!」
 母にそう言われ、ルキは満面の笑顔で答えた。この人はどんな逆境にぶち当たっても笑顔を絶やさないのだろう、とルイスは思った。
「ごちそうさまでしたー!」
「あ、アタシあらいます」
 ルキは立ち上がり、皿を重ねる。
「待て、今日は俺もする」
「あら、めずらしい。いつも手のこと気にして、食器洗いは全然してくれないくせに」
「たまにはするさ」
 そう言ってルイスは、スポンジに洗剤をつけた。
「俺が洗うから、ルキがすすいで」
「うん」
 二人ですれば、あっという間だ。

「できたよ」
 ルイスが母に報告した。
「んじゃ、明日に向けて、最後の準備を……」
 ルイスがそう言って階段のほうを向いた時、母は両手で二人を抱きしめた。
「えっ」
「気をつけていってらっしゃいね、ルイスもルキちゃんも」
「……母さん?」
「オバチャン」
「そうよね、ルキちゃんにとったら、私は他人のおばちゃん。だけど、ここにいる間、私はルキちゃんのことも娘だと思ってたわ」
「……」
「不思議よね。ルイスのお友達がお泊りに来ても、こんなこと思うなんてなかった。ほんと、なんでなんだろ。ここでお別れっていうのが惜しいわね。ルイスは男の子だししっかりしてるから、研究合宿に参加できることになったって聞いて、すぐに見送る気持ちになれたけど」
「もし俺が女だったら、合宿に行けなかったかもしれないってことか? それはごめんだな」
 ルイスの言葉に、ルイスの母はふふっと笑った。そして、抱きしめる手を離す。
「とにかく! ルイス、あんたは博士からしっかりいろんなことを吸収して、ここに帰ってくる! いいわね、帰ってくるのよ。ルキちゃんも、色々わかるといいわね。新しい職につけたら、ちゃんと報告するのよ」
「ハイ」
 ルキはまた笑ったが、瞳には少し涙を浮かべているようだった。
 父親のことはかろうじて思い出せるが、母親のことはさっぱりだ。忘れてしまった母性愛の片鱗を感じ取ることが出来、嬉しいのやら、悲しいのやら、少し複雑な気持ちだった。
「さーて、準備準備」
 二人の子供は、階段をぱたぱたと駆け上がった。

「確かに、もし女の子だったらどうしたのかしらね私も。……ん? もし女の子だったら……?」

120227