Entralink Chronicle - 01


 例えば、顔。もしくは、性格や頭脳、運動神経に悩んだことはないだろうか。
 きれいになりたい、かっこよくなりたい。優しい人になりたい。スポーツができれば、運動会が地獄ではなくなるのに。
 何だっていい。誰しも、理想の自分を夢見たことがあるはずだ。
 殊に十代の少年少女は多感である。とは言っても変化の大きいこの年代を、十代という言葉で一括することは無理があるかもしれない。
 ちょうど十代半ばの少女モナミ、少年キースは、まさに夢見る子供、といった様子だった。
 ただ、理想の自分はまた別の世界に存在する、と信じていたのだが。

 イッシュ地方の中心部に、ハイリンクと呼ばれる場所がある。さらにその中心に位置する木、ハイルツリーの前に、モナミはスキップで向かった。
「ほら、これこれ」
 モナミは後ろを振り返る。キースは、特に急ぐこともなく歩いている。
「速くぅ。もう、あたし、わくわくしちゃって!」
「僕にもちゃんと見えてるよ。全く、せっかちというか、がさつというか……」
「言ったわねー!」
 モナミは、ようやくハイルツリー前に着いたキースの腕を、長袖の上からつねった。キースは右目をつむって痛みに耐えた。
「ハイリンク。ここに、きっとあたしの理想の世界が……」
「理想、ねぇ。モナの理想ったら何だっけ、顔?」
「そっ! そばかすも無くなって、すべすべになって! それこそがスポーティーワンダーガールのあたしに相応しい」
 モナミは、自分の胸をとんと叩いた。その自信満々な様子に、ジョーは適当な相づちしか返すことができなかった。
「キィだって、そのひょろい身体、何とかしたいんじゃない?
「そんなことは……」
「大丈夫、ここでならもっと強くなれるわ。同じカノコタウンの幼なじみとして誘ったんだから、あたしに感謝してもらわないとね」
 キースはそれに対する返事はせず、ハイルツリーを見た。
 わざわざ見上げるまでもない、小さな木だ。この木は、その人の記憶や行動によって見え方が違うのだと、数年前の研究で明らかになったと言う。
「ハイルツリー様、理想のあたしたちがいる世界に連れていってください……ほら、キィも」
 モナミに促され、キースも瞳を閉じ、祈りを捧げるふりをした。
『受理されました。ハイリンク両側の橋に立ってください』
 若い女性の声が、二人の脳裏に響いた。モナミは西側へ急ぐ。それを見たキースは、東側へ歩いた。
『別の世界に行く前に、約束です。別の世界でミッションを遂行する間、二人は決して、目を合わせないこと』
「どうして?」
『あなたたちの世界が、どこにあるのかわからなくなりますからね。それで良いのなら、目の前の壁を破りなさい』
 モナミとキースが壁に触れたのは、ほぼ同時であった。指先から壁を破り、肘、そして身体。黒とも白ともとれない透明な空間の先には、新しい世界が広がっていた。

111201