Entralink Chronicle - 03


 エマは速足で、自分そっくりの人間を追うが、逃げる彼女もまたすばしっこかった。
 彼女は南へ逃げる。人ごみへ行かれるとまずい。エマは鞄を放り、ありったけの力で走り、彼女を掴んだ。
「つーかまーえ……って、あれ」
 彼女は腕から消えていた。代わりにそこにいたのは、灰色と紅茶色をした小さなポケモンだった。
「おかえり、ゾロア」
 ゾロアと呼ばれたポケモンは、その場にいたトレーナーらしき人に飛び付く。
 さきのゲーチスを思わせる長髪の青年であった。憂いを含んだ瞳に、すっとした鼻筋。なかなか良い顔立ちだと人に思わせつつ、腕についた正方形のブレスや、惑星を象る首飾り、腰にさげたボイドキューブなどが、どことなく危うさを漂わせていた。
「ゲーチスはちゃんと話していたかい?」
「ガウッ」
「そう、よかった。それじゃ、行こうか」
 エマのことは眼中にあらずといった様子で、その場を去ろうとする。それを強気なエマが許すはずがなかった。
「ちょっと、アンタ、そうよ、そこの黄緑二号!」
 エマが叫ぶと、青年は返事をせずに振り向いた。
「何か用かい?」
「あっのねー、お宅のゾロアさんがですねー、この、ビューティホースポーティーワンダーガールのあたしに勝手に化けたわけですよー。しつけがなってないんじゃないですかー」
「しつけ? 僕にとってゾロアは友達だよ。そんなこと、考えたこともなかった」
 エマは、その言葉にさきの演説を思いだし、何も言い返せなかった。
「腰のモンスターボール……君もポケモンを持つ者、か。そうやってポケモンをボールに閉じこめる人のひとり、ってことか」
「何よそれ。モンスターボールの中はポケモンにとって、心地よい場所なの!」
「外で自由に生きることよりも?」
 青年の鋭い発言の連続に、エマは不快になりつつも、腰のボールに手をかけた。
「見たらわかるわ。ランちー!」
 まるで野球のピッチャーのようにボールを振り上げ、スイッチを一押し。相棒のランちーことユニランは、元気にボールから飛び出た。
「ポヨポヨポヨー!」
「……?」
 青年は、ランちーを食い入るように見た。ランちーは恥ずかしそうに、エマの背中に回った。
「照れ屋さんで、可愛いでしょー。それでいて、バトルもすごく強いのよ!」
「バトル、それはポケモンを傷つける行為だ。所詮は人間の代理戦争だろう」
「うっ……」
「まあいい、君のことは気に入った。僕はプラズマ団のN」
 気に入ったそぶりなど全く見せなかったはずだ。どうもこの人は読めない、そもそもNと名乗ることすら胡散臭い、とエマは不信感を抱いた。
「また会うだろうね。それじゃ」
 エマには、Nを呼び止める気力は残っていなかった。

 エマと、Nと名乗った青年との会話は、ジョーもしっかりと聞いていた。
 ジョーは、まずエマがどのような見た目になったのか知る必要があった。ゲーチスの演説を聞いていた時も、顔が変わったエマと知らずのうちに顔を合わせないか、内心ひやひやしたものだった。
 演説が終わって、長い髪にきめ細やかな肌を持った少女を見た。彼女は、エマに化けたゾロアであったわけだが、ジョーはそれで、エマの見た目を把握した。
 ジョーといえば、見た目は何も変わらなかった。自分は外見に関して、エマに言われたようには願わなかったからである。

 会話を聞いていて、ジョーには気づいたことが一つあった。
 Nはゾロアに、ゲーチスはどうだったかを訊いていたが、それはなぜなのか。Nはゲーチスを監視しているのか?
 エマが気づいたかはわからないが、多分気づいてはいないだろう。
 ジョーは、彼らの動向には引き続き注意する必要があると思った。彼とて、ゲーチスの演説をよくは思わなかったのだ。
 広場に地図を見つけ、ジョーはそれを見た。ヒウンシティの地図が大きく描かれており、その右に一回り小さくイッシュ地方の地図が描かれていた。
「違う世界でも、地形はまるっきり同じなのか……変なのか、当然なのか」
 それなら、ヒウンの北には砂漠路があり、そこを進むと、イッシュ最大の娯楽の町ライモンシティにたどり着くはずだ。
 ジョーは地図を見て、町の名前も同じことを確認すると、ヒウンシティ北のゲートを出た。

111202
120107 追記