ゴウは棚を振り返る。昔見つけた石と、最近置いた波打つラインがきれいな石。それらが隣り合い、絶妙な感覚で並んでいる。
「こっちがハネの化石、こっちはヒレの化石……」
「あっ、触んな!」
 ゴウがミオの動きを阻止すると、後ろから怒声がぶつかった。
「ちょっとあんた、ミオ様になんて言葉遣いを!」
「あっ……ああ」
「いえ、私も軽率な行為でした。申し訳ございません」
 ミオは、ゴウの隣をすり抜け、無駄のない動きで玄関まで歩いた。
「ゴウさん……いえ、ゴウくん、もう一度お話できないかしら」

 お茶を用意するから、と言ったゴウの母の好意を断り、ミオはゴウを外に連れ出した。
 このへんで、と言ったところは崖の影だった。よく土砂崩れを起こすため、セメントで固める工事が続いているが、予算がないのか、なかなか進まない。
「きっとこのあたり……コトヒラが、決意した場所」
「決意?」
 ええ、とミオは返事して、話を続けた。

運命の出会い

 コトヒラが父に連れられて領地の巡回をしていた時のことだ。
 領地の境界線、崖に沿った道を歩いていた時に、大きな岩が落下してきたのだ。コトヒラは、手持ちのゾロアにすぐさま“守る”を指示し、致命傷は回避したが、他の岩までごろごろ落ちてきて、それらに埋もれてしまった。
 その岩を汗水たらしてどかしてくれたのが、領地の小作農たちだったのだ。自分たちの農地をほっぽり出して、だ。
 コトヒラとゾロアは岩の間から這い出すなり、世話係に体中を拭かれ、すぐに連れられる。体中泥だらけになった小作農たちは頭を下げ、顔が見えなかった。

「何もかもが当たり前のように振る舞われていた。俺は彼らに、お礼すら言うことができなかった……コトヒラはそう言っていたわ」
 ミオの話の間、ゴウは何も言うことはなかった。ただ、ミオから見たら、岩をどかしたのが小作農だと言った時、ゴウの目が少しだけ強く見開かれた、ような気がした。
 領主の息子をすぐ連れ出す世話係、頭を下げ権力にひれ伏す小作農たち。彼はただ役割を果たしただけだ。だが、コトヒラの心には何かが引っかかっている。ミオは、なかなか進まない崖の舗装工事に、コトヒラも積極的に寄付しているという話も知っていた。
「コトヒラは……二週間後と言っていたわ」
「二週間後、って、何が」
「リントヴルム宮殿に乗り込む日。国王陛下と話をつけて、ジムの民間経営に許しを得るつもりだわ」
 それを聞いて、ゴウは、自分とは世界が違う人の話だ、と思った。しかし、ミオはゴウの大樹の色をした瞳を覗き込む。
「ガルーダシティには化石をポケモンに復活させる装置もある。地図を渡しておくわ。もし二週間後、ガルーダシティであなたに会えたら……オーリ村にジムを造りましょう」
「え……?」
「用はこれだけ。長々と失礼いたしました」
 言って、ミオは立ち上がる。二つにまとめた髪をなびかせて去る彼女を見て、ゴウは過去のことをまざまざと思い出していた。
 コトヒラという男には、まだ会っていないけれど。

 当たり前にしていた、ただそれでも屈辱だった。
 領主の息子と、小さな濃い体毛のポケモン。ほとんど顔は見えなかったけれど、貴い存在だとは思った。
 ああ、あの時の。
 理解して、ゴウはひとつ、ため息をついた。
040428