凍えるコトヒラに、屋敷の主は毛布を渡した。一応もてなす気はあるのだとコトヒラは思う。
 ナズワタリの伝説と最も近い町、ドゥクルタウンから随分山を登ったところに、その家はあった。ナズワタリに眠る伝説のドラゴンポケモンと意思疎通ができるといわれる、“竜の司”ゼンショウが、自身のドラゴンポケモンたちとひっそり暮らしている。
「そうか、二週間後にしたか」
「はい。ジムリーダーの件はご了承いただけましたか」
 コトヒラの鋭い眼光はゼンショウの前でも同じだ。“竜の司”である彼をジムリーダーに取り込むことができれば、こちらにかなり有利となる。トレーナーとしての実力も申し分ないだろう。
「若い連中のすることだと思って、黙っていた。しかし……気が変わった」
「本当ですか」
「しかし条件がある」
 条件、と聞いて、コトヒラは唾を呑み込んだ。なんといっても、外界とほぼ関わりを持たなくなった男だ、常軌を逸した条件を下されるかもしれない。
「おっしゃってください」
「……この先にある“聖域”から、次代“竜の司”に相応しい人を選んでこい」
 ほら来た、とコトヒラは一瞬呆れ顔になった。しかし、すぐに考えを巡らせる。このゼンショウという男は、父親から“竜の司”を引き継いで、長きに渡って祭祀を行ってきた。彼も子に継がせるつもりだったのだろう、しかし結婚して間もなく妻を亡くし、それからずっと独り身で生きてきたと聞いている。祭祀と修行に明け暮れて、次代を探せぬまま老いを感じてしまった、そういうことだろう。
「私には随分難しいことのように感じられるのですが、ゼンショウさんは私が聖域に足を踏み入れ、次代に相応しい者を見抜く能力があるとお考えですか」
「まあ、若いしな」
 掴めない。コトヒラは思った。
 しかし、自身の夢のためなら仕方がない。それに、次代が未だ決まっていないことはナズワタリ地方にとっても大きな損失だ。まとめて救ってやろうじゃないか、とコトヒラは決意する。
「わかりました。必ず探し出しましょう。約束通り、二週間後はご協力お願いします」
 コトヒラが立ち上がろうとすると、メスのカイリューがすっと毛布を持った。ゼンショウは、深い皺と長い髭を持った顔に、微笑を浮かべたようだった。

 革命のとき

 ガルーダシティ中央広場。リントヴルム宮殿が正面から見える下町のこの場所で、ミオはヤエと落ち合った。
「コトヒラさんは」
「別行動中。じきに会えるわ。……雲一つない青空、まさに革命日和ね」
「ミオさん、楽しんでませんか?」
「ふふ」
 そう思うなら結構、とミオは思った。コトヒラはしばらく来ないとわかっているし、ゴウもバリツも見当たらない。しかし、案ずるところをヤエに見られたくもない。
「ここ最近、国王陛下は謁見の時間を設けていないのよね。今後も予定なし……どうなってるのかしら、この地方は」
「あ、あの……私は会ったことないですけど、王様ってすごくお優しい方なんですよね……?」
「ええ、陛下がまだ王太子だった頃、父がお世話になったそうよ。今はちょっぴり疎遠だけれど」
「そうなんですか……」
 住む世界が違いすぎてヤエは目を白黒させたが、そのミオの口ぶりから、権力にすがりつくわけでなく本当に残念に思っていることはわかった。
 待ち人が来ないとわかって、ミオは切り出す。
「それじゃあ、切り込み隊長はロトムかしら」
「ええっ」
「そう……例えば、ガードマンのトランシーバーに入り込んで」
「無茶が過ぎませんか!?」
 ミオはきょとんとした表情でヤエを見た。ヤエは本気で怯えている。
「仕方がないじゃない、二人なんだから」
「あの、ミオさん。他のみなさん、本当に来」
「これは二人の試練でもあるわ。ナズワタリのジムは、ワールドチャンピオンシップスのルールにのっとって、フィールドに出せるポケモンは二体。ジムリーダーは二人。まあこれは維持費節約のためでもあるけど」
 ミオが言うと、ヤエはつい納得してしまった。人件費は多少かかれども、施設の維持費も大きい。
「と、いうわけで。よろしくねロトム」
「そ、そこは変わらないんですね……」
 ロトムをトランシーバーに入り込ませ、場が混乱したところで城に乗り込む。おおまかな計画としてはこうなった。
 不安はあったが、ロトムが場を引っ掻き回すことに長けていることは、ヤエもわかっているし、新たな仲間を信じたい気持ちもあった。
 それに、と、ヤエはミオのほうを見やる。ミオは一つ頷いた。
 ヤエとて気づいていないわけではない。コトヒラのことだけでない、ゴウのことでも、ミオはどこか引っかかっているのだ。
 上流階級に生まれたからには、富を社会に広く還元する。金持ちの考えることはわからないが、ヤエはミオのそのような考えには共感していた。
しかし、それは一歩間違えれば危険な考え方でもある。
 上から下へ。与える者と与えられる者の関係。
 中産生まれのヤエには、なぜ二人の間に距離が生まれるのか理解はできる。しかし、気持ちとなると、二人ともわからない。
 実際、社会的にそのような立場になってみないとわからない、と、その時ヤエは思い込んでいた。

 ○

 わざわざ都市に出たところで、ゴウの答えは決まったようなものだった。
 出会って間もない人たちと、地方を相手に戦って、それから、それからの自分はどうなるのだろう。
 ここ最近、予想だにしていなかった出来事が続き、ゴウは正直疲れていた。しかし、楽しんでいる自分がいたことも否定できない。
 楽しむだけではいられない。選択をしなければならない時は、必ずやってくるのだから。
 ふと、サクハに発った妹のことを思い出した。妹――ニアは、あの年齢で、自分の人生を選び取ったのだ。
「まさか妹に先越されるなんて」
 ひとり呟くと、なんだか心が軽くなった気がした。崇高な理念など、残念ながら自分は持ち合わせていない。それでも、彼女たちと戦いたいと思った。
 顔を上げ、背筋を伸ばして、ゴウは考古学の研究施設に足を踏み入れた。

 案内のままに、ゴウは二つの化石を置いた。ここでは化石の復活にトレーナーが立ち会うことができるらしく、はやる気持ちを抑えながらゴウは機械を見た。
 閃光が走る。化石からポケモンが復活する複雑な原理など知る由もないが、そのおかげでゴウは集中してその様子を眺めることができた。
 光が弱まった時、ゴウに見えたのは、明るい原色と、寒色なのに温かみのある――
「アーケンとアマルスです。はじめはこの現代に戸惑うかもしれませんが、あなたのポケモンです、きっと力を貸してくれましょう」
 ゴウを案内した女性博士が言った。
 彼女が何を知っているのか、思いつめたゴウの表情から何かを感じ取ったのか。
 博士にモンスターボールを渡され、ゴウは思いっきり、まるで少年のように、投げた。
「……もどれ、アーケン、アマルス」
151020