才能があっても、運が必要な時もある。
 もちろん、はじめから才能がなければ、ポケモントレーナーとして大成することはできない。
 だが、才能と運があっても、どこかで道を外れる者もいるというものだ。

朱の不死鳥

 西ナズワタリ最大の都市、フェニシティ。
 こう書けば立派に思えるが、東ナズワタリ最大の都市ガルーダに比べればかなり見劣りする。
 氷タイプのエキスパート、ミオは、相棒のグレイシアと石畳の道を歩きながら、新たな仲間について考えていた。
 今のところ、ジムは三箇所、リーダーは二人ずつ置き、タッグバトル形式とする予定だ。
 民間でジムを運営するとなると、一つのジムに一人では経営が苦しくなる。コトヒラも、すでに北のドゥクルタウンに住む有力者、ゼンショウとは手を組んだと言っていた。

 問題は、他に誰を誘うか、だ。
 コトヒラは強い。コトヒラを凌ぐトレーナーが、ナズワタリにあとどれだけいるだろうか?

 ふと顔を上げた時だった。
 歩いていた女の人が持っていたタマゴが揺れ、そのまま飛んだ。
「危ない、グレイシア!」
 飛んでくるタマゴを、グレイシアの前足が優しく捉えた。
「よかった、傷はないみたいね」
 ミオが一安心すると、女の人が駆けつけた。
 かなりの童顔で、燃えるような朱色の髪をおだんごにしていた。何か踊りでもしているのだろうか。
「あっ……ありがとうございます! そろそろ生まれるみたいで、たまにこうして大きく揺れて」
 女性は一礼し、グレイシアからタマゴを受け取った。
 その顔を至近距離で見て、ミオははっとした。
「……あなた」
「なん、ですか?」
「サクハ地方フロンティア、ファクトリーヘッド候補のヤエ……」
「えっ!?」
 どうやら図星のようで、ヤエと呼ばれた女性は慌てた。
「そうでしょう。サクハ地方のことは調査済みよ」
「でも、私は……」
「?」
 ヤエは下を向いて、両手の人差し指をくっつけた。長い睫毛を伏せる。
「もう辞めちゃいましたから……」
「あら、そう」
 辞めた経緯について知ることに興味のなかったミオは、短い返事で返した。
「でも、こんなところでブレーン候補になるようなトレーナーと会うなんて。あなた、よかったら私とバトルしていかない?」
「え、でも」
「広場ならそこにあるわ。もし時間があれば、ね」
「……はい」

 バスケットゴールの置かれた広場で、女性二人が対峙した。
「ミオさんがバトルするみたいだぞ!」
「あっちの赤い人は知らないな……でも、まあ強いんだろう」
 休日で暇な野次馬が集まる。
「使用ポケモンは二体、ダブルで」
「えっ、ダブルですか?」
「ええ」
 ミオはすっとボールを出す。長い人差し指でスイッチを押すと、出てきたのはユキノオーだった。
「私はこのユキノオーとグレイシアで戦うわ」
「……よし、私は、ギャロップとバクーダで!」
 大丈夫、炎タイプは氷タイプに有利だ、とヤエは自分に言い聞かせたが、ミオの余裕の笑みがどうも気がかりであった。

「勝負ありね……」
「そんな」
 ミオを覗く全員があっけらかんとした。
 ユキノオーは相性的にもかなり不利で、すぐに倒されてしまったが、その後のグレイシアの攻防は言うまでもなく完璧だったのだ。
「最初の“凍える風”がヒットして助かったわ」
 ミオは、戻ってきたグレイシアをなで、ヤエは力なくポケモンをボールに戻した。
 すごいバトルだったな、と感想を話しながら、野次馬たちもぽつぽつと去っていく。
「炎タイプが好きなの? ファクトリーヘッドの候補というから、いろんなポケモンを育ててるのかと思ってたわ」
「それはっ……」
 ヤエがなにか言おうとした時、バトル中もずっと抱きかかえていたタマゴがまた大きく揺れた。
「えっ」
 タマゴにはぱきぱきとひびが入り、元気なイーブイが生まれた。
「ブイ!」
「わぁ……」
 悲しみを吹っ飛ばすような無垢な微笑みに、ヤエは釘付けになった。
「へぇ、イーブイ……多くの進化の可能性を持つポケモンね。数年ごとに新たな進化形が発見されて。私のグレイシアも昔はイーブイだった」
 イーブイはミオのほうを向いた。ミオもイーブイに大人の微笑を返す。
「進化は、やっぱりブースター?」
「いえ……」
「どうして。炎タイプのポケモンが好きなんじゃないの?」
 ミオがそう言うと、ヤエはぐっとおし黙る。代わりに、涙で瞳を潤ませた。
「好きです、大好きですよ! でも、お前は炎タイプのエキスパートとしては実力不足だって……すでに育てられたポケモンで戦うほうが向いてるって……だからもう炎タイプのポケモンは」
「まあ、確かにね」
 ミオは、さっきまでのバトルを思い起こしつつ言った。ヤエの涙にはお構いなしだ。
「攻防のバランス、技構成。色々と問題はあると思ったわ。でも、レベルが低いわけじゃない。ちょっと視点を変えれば、すぐに強くなれるわ」
「……」
「これはスカウトよ。ナズワタリ地方のジムリーダー候補に、まだ炎タイプのエキスパートはいなかったはず」
「ちょっと……冗談やめてくださいよ! 私は一度ブレーンへの道を挫折して、それでさっきはあなたにも負けて……」
「よりいいじゃない。今なら暇ってことでしょ? こちとら人員不足なのよ。穴埋めに協力って気持ちでもいいから」
 ああ。
 どうしてこの人は、挫折した私に手を差し伸べてくれるのだろう。
「だめかしら?」
「だめじゃ、ありません」
 涙で顔をぐしゃぐしゃにしつつも、ヤエは力強く答えた。
「ナズワタリ地方の、ジムリーダーに、なりたいです」