錆びたスコップを担いで、ゴウはひとつため息をついた。
 収穫を終えた冬、山に出向いてごみ処理の仕事をするのは、毎年ニアだったはずだ。そのニアは数年前サクハに行ってしまった。そのため、しばらくこの恒例行事は無くなっていたのだが、そろそろ貯蓄に限界が出てきたため、代わりにゴウが来たというわけだ。
 ナズワタリの冬は非常に厳しい。そこそこ都市化されているフェニシティも例外ではない。ニアは毎年ここに来て、二週間働いていたのだと思うと、ゴウはそれだけで心が痛んだ。小作の家なんて大体そんなものだ、とわかってはいても。
 ゴミ処理場にたどり着いたとき、その腐臭にゴウは思わず鼻を塞いだ。ここにスコップで穴を掘るとなると、鼻を塞ぐこともできない。商品が増え、消費が増えても、ナズワタリはこういう部分で非常に原始的だった。
 もう少しこういうところにお金をかけてくれたら、とゴウは思いつつ、そうすれば自分の出る幕もなくなってしまうかもしれない、という不安にたどり着いたとき、考えるのをやめた。慣れればはやい。ゴウは早速、スコップで穴を掘り始めた。
 そこここに、ゴウと似たような服装の者がいた。防寒は不十分で、所得が低いことがすぐにわかる。年齢も様々で、ニアのような少女もいた。しかし、生きることを諦めている者はいない。こんな場所にいても、目だけはしっかり輝いている。自分は成功してやる、という思いから、誰かに話しかけることもしない。
 ひたすら掘り続けていると、やがて他の人の掘った穴と合わさっていき、ひとつの大きな穴ができた。まるでクレーターのようだ。ネコ車に土を乗せて、それをおろせば次はゴミを持ってくる。この作業を二週間続ければ、一冬こえる程度の収入がある。
 土を運んで、ゴミ山を眺める。まず一度全体をチェックするのは、あとどのぐらいで終わるかを予想するためではない。使える電化製品がないか見るためだ。
 ゴウは真っ先に、直方体のかどを引っ張った。小作の勘が働いたのだ。ぼこ、と音を立てて出てきたのは、電子レンジであった。トーストもついている。これを持ち帰れば、ご飯を手軽に温められる。ネコ車とは別に、ゴウはそれを担いだ。他の労働者たちも、思い思いのものを手に入れる。
 ゴミと電子レンジを運ぶのは非常に重たかった。ネコ車につめたゴミを掘った穴にぶちこんで、ゴウはその場に座り込む。雪に降られる前に、今日掘った分はしっかり埋めなければ。思えば、ニアが帰ってくる時、かならず「おみやげ」と称して廃品を持ってきていた。改めて妹の体力に感心する。身体能力は自分のほうが大分上回っているのだから、もっと頑張ろう、とゴウはまた立ち上がった。

また、雪に覆われて

 ナズワタリ地方のジムリーダーになりたいです、とヤエは言った。
 ジムリーダーとなると、タイプを一つに絞らなければならない。ヤエは既に炎タイプと決まっていたが、今までファクトリーヘッドとなるために育ててきた炎タイプ以外のポケモンは、ジムバトルには参加できないことになってしまう。
 ヤエの持っているポケモンは、みんな能力が非常に優れているため、共にバトルしてくれるトレーナーを探そうとすれば、すぐ見つかるだろう。
 ただ、一匹を除いて。
「ミョーン!」
「わっ! ロトム、いつのまにボールから出てきてたの?」
 訊けばロトムはニヤニヤ笑う。
 ファクトリーヘッドは多くのポケモンを育てなければならない。そのため、ポケモンたちに注ぐ愛情も平等でなければいけない。そう心がけてきたのに、このロトムにだけはものすごく懐かれてしまったのだ。
「他のトレーナーとも……上手くやれる?」
 言えばロトムはプラズマを震わせた。別れたくない、という思いが伝わる。
 もちろん、近くにいてもらうことができる。でも、満足にバトルも出来ず、ロトムはそれで楽しいと思うだろうか――
「ムー!」
 その時、ロトムが近くの小路に入った。気分を悪くしてしまったか、とヤエが追う。
「ロ、ロトム、ごめんっ! だから、逃げないで……」
「ミョー」
 ロトムはプラズマを強め、その場所を照らした。既に積もり始めた牡丹雪の上に、人が倒れていた。
「う、嘘……息は」
 ヤエはすぐに確認した。鼓動しているし、呼吸もしている。
 とりあえずほっとしたが、倒れているのは自分よりも背の高い男性だった。
「どうしたら……」

 ○

 ぱち、と目を開いた時、ゴウは自分以外に三つの存在を認めた。
「ミオさん、目を覚まされましたよ!」
「驚いてしまうでしょう、声のボリュームを落として」
「は、はい」
 縮こまってしまう、赤髪の女性を見て、近くにいたゾロアークが、かかかと笑った。
「大丈夫ですか?」
「……あ、ああ」
 ミオさん、と呼ばれた女性に声をかけられ、ゴウはゆっくりと起き上がる。
「この子……ヤエが見つけてくれたのよ」
 ゴウが視線を向けてくるのに合わせ、ヤエはぺこり、と頭を下げてはにかんだ。
「ありがとう、俺はゴウ……ここ、暖かいな」
「あ、それはこの子が」
 ヤエの促した先に、ゴウの拾った電子レンジがあった。しかし、ゴウにはどうもその見た目に違和感を持って、目をぱちくりとさせる。
 電子レンジに、目があって、手が生えてるのだ。
「なっ……なんだこれ!」
「あ、やっぱり見たことありませんでしたか。私もなんですけど」
 ポケモンが入ってるんですよ、とヤエが言うと、ゴウはまたその電子レンジを見る。そのポケモンは笑って、むう、と言った。

 ことの顛末はこうであった。
 一人ではどうすることもできなかったヤエは、すぐミオに連絡をとった。返ってきた答えは、「ゾロアークとすぐに向かうから、どうにか暖をとる方法を考えてくれ」ということだった。
 そうだ、暖をとらなければ、と思った時、連れていたロトムがゴウの傍らで見つけた電子レンジに入り込んだのだ。
 ロトムはそのままゴウに近づき、レンジを開けて温風を送った。周りの雪が溶けだし、ゴウの肌に赤みが戻った時、ヤエはほっと胸を撫で下ろした。そして十数分後、ミオとゾロアークが駆け付けたのだ。
「だから、私はなにもやってないんですけど……」
「それは違う。ヤエだって重要な役割を果たしたわ」
「そうだよ」
 ミオの言葉に、ゴウも言った。
「そういえば、電子レンジは」
「コードが切れてるから使えないわ。ロトムが入るにはぴったりだけど」
「そっか。じゃあ、それやるよ」
 ゴウはロトムに向かって、にかっと笑う。ヤエは目を丸くして、いいんですか、と訊いた。
「居心地がいいなら、そりゃもう喜んで。……それにしても、倒れるなんてな」
 ゴウは恥ずかしそうに、頭をぽりぽりかいた。
「あそこで何を?」
「借家に帰るとこだった。ん、もう帰るわ。ほんと、ありがとな」
 言って、ゴウは立ち上がった。立ちくらみで視界がぼやけたが、仕方のないことだと割り切る。
「で、でも、まだ疲れが」
「大丈夫大丈夫。毎日ちゃんと出ねーと、ちゃんとした給料にもならねーし?」
 軽く屈伸して、その場を去る。ヤエが止めにかかったのを、ミオが制した。

 なぜ彼を行かせたのですか、とヤエが問うと、ミオはこう答えた。彼一人を止めたところで、ナズワタリ地方全体としては何も変わらないのだ、と。
「どういうことですか? よく意味が……」
「ナズワタリ地方は……ああやって生きている人がほとんどなのよ。知らなかったわけじゃないでしょう」
「そりゃそうですけど……」
 暖かい時期は田畑を耕し、収穫を終えると都市に出稼ぎ。ナズワタリ地方の、実に八割の人間がそのような一年を送っていた。
「彼らの生活を、少しだけでも楽に。そして、日々に少しだけでも「色」があってほしい」
 ミオはゾロアークを見て言う。ウモレビに旅立った友を思い浮かべながら。
「……それが、コトヒラの願いよ」
040107