その場で給料をもらって、ゴウは靴を脱いだ。
 皺くちゃにならないように紙幣を敷く。どこでスリに合うかわからないから、お金を運ぶにはこれが一番安全なのだ。
 電子レンジは手に入らなかったが、都市での労働も終盤にさしかかった時、ゴウはきれいな石を見つけた。ひらひら波打つようなきれいなラインが印象的で、それを見た時から、生まれてこのかた一度も見たことがない「海」というものに思いを馳せた。
 石だとか岩だとかに価値を見出す人は少ないと知っていたから、とくに隠すこともせず手に持つ。売ることはしない。ただ、家の小さな棚の上に、昔見つけた石と一緒に飾ったら、殺風景な家も少しはおしゃれに見えるかもしれない、と思ったのだ。
 都市に憧れは抱いていたが、ここはどうも空気がまずい。ゴウは帰路を急ぐことにした。

波打つ記憶

 小作ってバトルが強いのかしら、とミオが問うても、ヤエは質問の意図がわからず黙っていた。
「強いトレーナーの中には生まれが卑しい人だっているわよね」
「卑しいというか、まあ、そりゃそうですよね。ポケモンバトルなんて、ポケモンさえ持つことができれば誰だって楽しめるんですから」
 ヤエの言葉に、ミオは目を見開いた。
「そうよね。……トレーナーの生まれなんて関係ない」
「前お世話になっていたサクハフロンティアにだって、小作出身の子いましたよ」
「そうなの。私が知らないだけかしら?」
「ブレーン候補ではなく、研修生として経験を積んでいた、私よりずいぶん小さな女の子です。今は無名でも、磨けばどこまでも光る子でしたよ。……あ、そういえば」
 何かを思い出したようにヤエが言う。ミオは黙って続きを促した。
「その子の喋り方、この前会った……ゴウ? さんに似てましたよ」
「えっ」
 ミオに見つめられ、傍らのロトムも反応した。今はいつもの見た目をしているが、電子レンジに入ると炎タイプがつくため、ヤエは炎タイプのエキスパートとして、ロトムのフォルムチェンジの一種「ヒートロトム」を究めようと決意したのは数日前のことだった。
ヤエはもう一度記憶の糸を辿る。頭の中で、少女が喋る。「研修生で一番はじめにブレーンになるのはニアだよ!」と。
「……はい、アクセントがそっくりです」
「私も前に聞いたことがあるんだけど……あの訛り方は」
 ミオは、何度もナズワタリ地方を回っている。自分の親の領地だけでなく、全てを見聞きしていないと、大きな計画は実現できないと考えているからだ。
「オーリ村。ちょうど、コトヒラのお父様の領地だわ」

 ○

 歩き続けて数日。よく帰ってきたな、と村民たちはゴウをあたたかく迎えた。
「ゴウで最後かな、フェニに行ってたやつらは。ガルーダに出稼ぎに行った連中はまだ帰ってこんがな」
「そっか。ガルーダのやつらも無事だといいな」
「せっかくの冬なのにゴウがいないって、ガキどもがうるさくてな。またバトルの相手、頼むよ」
「それはもう喜んで」
 ゴウは家について、留守番していたサナギラスを強く抱きしめた。
「ほら見ろよサナギラス。きっれーな石だろ。汚れ落として、あそこにのっけるんだ」
 サナギラスは、その石に見入る。ゴウが石を持ち上げても、視線がそれに合わせてうつった。
「そんなに気に入ったのか? ちゃんと飾るから、今そんなに見なくても大丈夫だぞ。さーて、磨けたらバトル行こうな」
「そんなにはしゃいで大丈夫なの」
「おふくろはバトルってしんどいと思ってるかもしんねーけど、田んぼ耕すよりいくらかましだぜ」
 ゴウはにかっと笑う。磨いた石を飾ると勢いよく家を飛び出し、サナギラスは後ろをのこのこついていった。
040110