バリツはゴウに笑いかける。ゴウも、おう、とだけ返事をした。
「なんだよつれないなー、ってかバンギラスだよバンギラス! 進化したとこ見たかったんだー」
 その明るい声を聞いて、バンギラスも心を落ち着けた。進化してすぐのポケモンが暴走することは、なにも珍しいことではない。
「……ひらめいた」
 ミオが低くつぶやく。そして顔をあげて、二人の若者を見た。
「あなたたち、フェニシティで二人組のジムリーダーをしないかしら?」

義務と権利と使命感

 ゴウは表情をこわばらせ、バリツは目をまん丸くした。
「え、ジムって、王立でやるんじゃなかったっけ? ミオさん、王立機関とパイプ持ってるの?」
 バリツが訊いた。ここでは道場娘と客の関係ではないためか、口調もくだけている。
「いえ。私は、王立機関に先立って優秀なトレーナーを囲い込んでいます」
「なんで?」
 次はゴウが訊いた。村育ちの彼自身、ジムだのリーダーだのいった言葉は、今はじめて聞いたのだ。
 よくぞ訊いてくれました、と言わんばかりに、ミオは堂々と説明する。
「お金を使わないためです。この地方にはまだまだ貧しい民がいるのに、ジム設立に税金をつぎ込んでいる場合ではないはずよ」
 言うと、バリツはおおー、と言って拍手した。
「貧しい民……?」
「ええ。ゴウさん、条件は悪くはないと思うわ。強さだって求めていい。夢も求めていい。あなたのバンギラスは強いわ。いくら進化後の暴走とはいえ、あれほど」
「なんかすげーむかつくんだけど」
 ゴウの一言で、ミオの饒舌な語りがぴたりと止まった。
「ジムとか王立機関とか知らねーけどさ、なんか心も貧しいとか思ってんじゃね?」
 ミオの表情が曇った。ゴウは歩き出し、去り際に言う。
「俺は朝起きられるだけで幸せだよ」

 ゴウ、と声をかけたのはバリツだったが、数歩追ったところでミオのほうを振り返った。ゴウのことはあきらめて、ミオに話しかける。
「あのさ、ジムリーダーって、道場から通いでもいい?」
「通い?」
「うん。だって道場の手伝いはしたいし、その……ジムにも興味あるんだけどさぁ」
「そう、ねぇ……」
 ミオが考え出すと、バリツはバンギラスのほうを見た。バンギラスは、少し離れた場所でうろたえている。そこで、バリツが「一人で帰れる? ゴウのこと支えてやりな」と言うと、目に光を宿して帰路を走った。
 バンギラスを見送ったところで、またミオに向き直る。
「んー、でも、私ゴウとやりたいな。だからゴウと仲直りしなよ」
「仲、直り?」
「そう、だって今喧嘩したじゃん。まあお互い様だと思うけど。道場通いの件も考えといて」
 それだけ言って、バリツも場を去った。風のような女の子だ、とミオは思った。

「で、これからどうするんですか……」
 言いたいことがあるなら言いなさいよ、とミオに促され、ことの顛末を傍観していたヤエは恐る恐る口にした。
「ひとつ、二人ともがジムリーダーになれる方法があるにはあるわ」
「あるんですか?」
「ええ、あとは二人の気持ち次第。それと……コトヒラもね」
040204