じゃあ、実力は確かということか、とコトヒラが言った。
「大体、バンギラスまで進化させられる時点で決まったもんだな」
「ええ。ただ……」
「ただ?」
 コトヒラはまっすぐミオを見据えた。フェニシティのはずれにある、趣ある喫茶店の二人席。こんなシチュエーションであるのに、二人がしている話は場にそぐわず真剣であった。
「二人を納得させるためには、考えられる道が一つしかなくて」
「じゃあそれをすればいいじゃないか」
「でも……」
「はっきり言えよ」
 こういう時、コトヒラはとにかく容赦がない。ミオは、心を落ち着けるべくコーヒーを一口飲んで、話し始めた。
「フェニシティに建設予定のジムを、オーリ村に移すことってできないかしら」
「オーリ村に?」
 ミオの考えはこうだった。道場はフェニシティからもオーリ村からも等距離にあるから、バリツには通ってもらえばいい。それに、オーリ村にあれば、ゴウだって農業とジムを両立することだってできる。
 ただ、そうすると、土地を買いなおさなければならない。
「なんだ、そういうことか。俺が持ってる土地使えばなんとかなりそうだな」
「でも、いいの? ずっと前から、ジムはフェニとガラムとドゥクルにって言ってたのに、いまさら変更なんて」
「ミオ」
 コトヒラはテーブル越しに、ミオの肩を抑えた。ミオの上半身は前に倒れこみ、スティックシュガーもいくらか落ちた。
 何するのよ、と非難しようとすると、コトヒラの顔が目の前に迫っていた。「俺がウモレビに行っている間、トレーナーを見てきたのはお前だ」
「コトヒラ」
「そいつらの実力を信じられるなら、こっちが条件を合わせる。わざわざこんなこと俺に相談しなくていい」
「……」
コトヒラの瞳は燃えていた。そうだ、この人はいつでも燃えている。自分を信じている。ヤエだって、ゴウだって同じだ。
人が強くなるのはどういう時か、ミオだってコトヒラから知ったはずなのに。
「……わかった。土地の確保は頼むわね。また彼らと話してみる」
「ああ、任せた」

信念は石のごとくあれ

 そう話をして、すぐに村に来てしまうあたり、思い立ったらすぐ行動、のコトヒラの気質が随分と乗り移ってしまったようだ、とミオは思った。結局言われるがままにされているということには腹が立つが、相手がコトヒラだと思えば自然と苦ではなかった。
 それに、ゴウやバリツのことも、もっと知りたいと思い始めていた。同じナズワタリ地方で、自分とは別の逞しい生き方をしてきた彼らのことを。

 畑を覗いてみると、そこにはバンギラスがいた。ミオに気付くと、バンギラスは手を止める。複雑な思いだろう、とミオは思う。主人の知り合いであれば無視はできないし、そのうえ相手が自分であるのなら。
「ゴウさんはいる?」
 バンギラスは首を横に振った。ミオの声に気付いたのか、裏の畑からえっほえっほと年配の女性がかけてきた。そして、ぺこぺこ頭を下げて言う。
「ああ、あなたは……この前、ゴウがバトルに勝ってしまったとかなんとかで。本当に申し訳ございません、ゴウにはきつく言っておきますので」
 その様子から、彼女はゴウの母親であろうとミオは思った。ただ、言われている意味がわからない。
「あの、どういうことで? ポケモンバトルは才能や運、様々なものが試されますから、勝敗は戦ってみないとわかりませんよ」
「まあ、お優しい方で。ゴウは今、買い物に出かけていて、留守なのですよ。でもまあ、せっかくいらしたわけですし、お茶でもいかがですか? あまり高いものは出せませんが……」
「いえ、そんな。……でも、そうですね。よろしければお家に上がらせていただいてもよろしいですか?」
「ええ! ミオ様がそんな」
「私はゴウさんの実力に惚れているんです」
「ほ、惚れ」
 気付いた時には、ミオは彼女に強く迫っており、慌てて距離を取り直した。そして、何を言っているのだ、と自分でも思う。こういう交渉ごとはどうも苦手だった。
「まあ……本当に何もない家ですが」
 彼女は扉を開けた。ミオには、家でなく小屋に映る空間であったが、一度見回して、左奥の棚に目がいった。
「あ、あれは! ポケモンの化石じゃないですか?」
「化石……?」
 その時、ただいま、という声が聞こえ、ミオはすぐさま振り返った。日用品のつまったシンプルな鞄を持ったゴウがそこに立っていたのだ。
「ミ、ミオさ、なんで」
「あれ、化石! どうして持ってるんですか?」
「え、化石って?」
 母子二人、ミオの言葉に疑問符を浮かべるばかりであった。
040204