お花屋さんと乙女たち


 ――エデルちゃん、今回のドレスなんだけど、イッシュ地方に受け取りに来てくれるかなー?
 ――いいですけど、なぜですか……?
 ――今イッシュ地方に留学してまして。それで、私、今サンヨウシティにいるんだけど……
 ――サンヨウシティ! 一度行ってみたかったところですわ。ではそちらに行かせていただきますね

「わー、素敵なところですわ。カモネギ、キマワリ、あなたたちも見てごらんなさい!」
 名家ドレイデン家の次女、エデルは、澄み切ったイッシュの大空に向かって赤いボールを投げた。
 カモネギは忍のようにさりげなく、キマワリは片足をあげて派手に着地する。
「この石畳、随分と年季が入っているわ。このあたりは旧市街なのね。ほら、あのお屋敷の色、ルーにそっくりよ」
 つぶらな瞳に、町の風景が巡っていくが、エデルはマリーが借りているマンションの一部屋を探すことを忘れはしなかった。
「ここね、マリーさーん!」
「待ってましたよ、エデル嬢! やーん、ルーちゃん二度目ましてーっ!」
「バウッ」
「えーと、そう、ドレスですね!」
 マリーは、エデルに依頼品のドレスを差し出した。
「もともとブルーがドレスを着ているように見えるので、おそろいになるようにお花をつけました。帽子とネックレス、ブレスレットも一緒にどうぞ」
「わぁ……! 素晴らしいですわ! さすがわたくしが目をつけただけありますね!」
「へへー。いやー、まだ駆け出しですよ私ぃー」
 エデルは、さっそく試着してみる。サイズはぴったりだ。
 ルーも並んで、鏡のまえでぺこりと一礼。着心地も良いとくる。
「今回もありがとうございました!」
「こちらこそ! あっ、今から着替えるよね? ちょっとルーちゃん抱っこさせてよー」
「もちろんですわ。ほら、行っておいで」

 マリーと別れて、ドレスの入った鞄を抱えて外に出た。
「さて、それじゃ……って、あら? キマワリは?」
 ルーとカモネギが辺りを見回し、首を傾げた。二匹とも、あの陽気なポケモンがどこに行ったかはわからないようだ。
「しょうがないですわね、カモネギ! 上空から探して頂戴」
「クルー!」
 カモネギは、ビルの間の細い隙間を器用に飛び回った。
「クルクルー!」
「あっちだわ!」
 声がしたほうへ、エデルも行こうとしたが、ドレスの入った鞄を持ったまま隙間に入ることは躊躇われ、大通りを迂回して行くことにした。

 カモネギは、道路右側にある、看板目立つ店をネギで指していた。
「ここに?」
 “トライスターフラワーズ”。トライスターといえば、サンヨウシティ特有の、よく見かけるが伝統ある苗字だ。
 彩りのある花が並ぶ店は、古い市街地に若さと瑞々しさを与えていた。
「素敵なお店ね。あっ、カモネギ、ルー、躓かないように」
 少し高めの階段を上ると、どうやらバケツに隠れていたらしいオタマロがはねた。ピルルル、とうなる。
「ターブンネー!」
 同じくバケツに隠れていたタブンネがのびをした。
「ブーケくん、ポプリちゃん、どうしたの? あっ、お客さんのお迎えね!」
 店の奥から、サーモンピンクのショートヘアーに、今日の空のような色の瞳を持つ少女が出てきた。エデルよりも少し年上、といったところだろうか。
「あの、わたくし、お花を買いにきたというわけではなくて。その、ここにキマワリが来ませんでした?」
「キマワリですか? 来てますよ! ほら、キマワリちゃんおいでー、トレーナーさんよ!」
「キマー!」
 キマワリは、いつもの満面の笑顔。一匹だけ道を外れたことに特に悪気は感じていないようだ。
「キマワリ! もーう、あなたはいつもいつも! まあいいですわ、こんな素敵なお花屋さんを見つけることができましたから。……あら、後ろのお嬢さんは」
 キマワリの後ろには、キマワリの花びらとおそろいの髪色をした少女が立っていた。
「……ミ、ミエルっていいます! あのっ、キマワリちゃんがあまりにも面白くて、元気になっちゃいました!」
 幼い少女は、少し緊張しながらも、しっかりと挨拶した。
「そうなの! それはよかったですわ」
「キマワリちゃん、面白かったわよー。ヘン顔までできちゃうなんて!」
「えっ!? 人前ではしないようにって言ってるのにぃー」
「いいじゃない、人を楽しませてるんだから! 表情がころころ変わるところは、ミエルちゃんにそっくりねー」
「えー、ほんとに?」
「ええ、とっても」

 せっかくだからと、エデルは花を見ることにした。
 カーネーションに、スイートピー。それから、名前も知らない花たちは、この決して広いとはいえない空間を暖かく包んでいた。
 イッシュ地方特有の植物を眺めていると、隣にミエルとキマワリが来た。
「キマワリちゃん、そのお花の横について!」
 そう言うとミエルは、手持ちの四角いカメラで写真を撮った。
 すると、カメラの右端から、小さな写真が出てくる。
「はい、プレゼント!」
「いいの? ありがとう、ほらキマワリも見てみなさい!」
「ミエルちゃん、写真撮るの好きだもんねー。ブーケくんやポプリちゃんの写真もいっぱい撮ってくれてるんですよ。ほら」
 ベラは、壁に貼ってあるポケモンや花の写真を指差した。
「わぁ、ほんとに!」
「今度来るときはミエルのお家にも来てね! 写真いっぱいあるんだよ!」
「ええ、是非とも行ってみたいですわ。あっ、そろそろ時間が……」
「あらら……じゃあ、ミエルちゃんの家に寄る時には是非こちらにも! あと、配達も受け付けてますよー」
「3の島、遠いですわよ?」
 エデルはドレスの入った鞄を優しく持ち上げた。
「あの、さっきから気になってたんですけど、その鞄、ひょっとしてマリーさんの……」
「はい、そうですわ。ご存知でしたか」
「あの人ねー、ちょっと前に知り合ったんですけど、ドレスできるの、ほんっとーにギリギリだったんですよー」
「あら! そんなこと言っちゃっていいんですか?」
「マリーさんには内緒ですよ」
「うふふ、わかりました!」