うちらのムカシバナシ
ジョウト地方エンジュシティ。
ジョウト地方でもとくに古い町で、様々な伝説が語り継がれている。
そのためか、エンジュの人間は、伝説のポケモンに憧れることが多い。
幼い少女チョウノもその一人で、エンテイに憧れていた。
エンテイは、どっしりとかまえた凛々しさが魅力なのだが、スイクンやライコウ、ホウオウに比べた時に、大人でないと魅力は理解しにくいと言われていた。
だが、すでにチョウノは父性溢れるエンテイが一番好きだった。
またさらに、“伝説”と呼ばれるポケモンがどういった存在なのかいまひとつ理解できずにいた。
チョウノはパートナーのガーディ、でぃのはいつかエンテイになるのだと、何の疑いもなく思っていた。
ある晴れた日、チョウノたちはエンジュシティの郊外を歩いていた。
「でぃのはどうやったら進化できるんやろねー」
「バウ?」
チョウノは、少し立ち止まっては、でぃのにそう話しかけていた。
「そりゃ決まってるやないか。“炎の石”を使うんやで」
「えっ? あ、おじさん! それほんと? そしたら進化できるん?」
「ああ。おじさん、この前シンオウ地方に行ってきてな、炎の石もたくさん掘ったんや。よかったらあげるよ」
顔見知りのおじさんは、チョウノに目線を合わせ、炎の石を渡した。
「うわー! ありがと! やったなーでぃのー」
「バウワウ!」
早速、焼けた塔に向かおうと、チョウノは屈伸をはじめた。
「でも、進化させたかったなんてな。チョウノちゃんはエンテイ一筋や思てたわ」
「エンテイ一筋やから進化させたい思てんねーん! そんじゃおじさん、またな!」
そう言ってチョウノとでぃのは、全速力で塔まで走っていった。
「……? ひょっとしてチョウノちゃん、何か勘違いしてへんか?」
「進化の儀式は、神聖な場所の前でに限る!」
焼けた塔の前についたチョウノは、真正面にでぃのを立たせた。
「でぃの、ついにこの時が来てんで……!」
そう言ってチョウノは、でぃのに炎の石をかざした。
まばゆい光がでぃのを包む。でぃのの身体が大きくなっていく。
「うわぁ……!」
「って、え!? エンテイやない!! 何このポケモン!」
大きくなったでぃのの姿を見て、チョウノは驚きと絶望を隠せなかった。
「そんな……うちどうしていいかわからん……わからんよぉ!」
チョウノはそのまま、進化したでぃのを置いて、走っていった。
エンテイになってもおかしくないように、でぃのって名前にしたのに。
エンテイに憧れ続けていたのに。
でぃのは、エンテイじゃなかった。
その事実が、チョウノの心をひたすら暗くした。
焼けた塔からはかなり遠い通りまで走ったところで、空が曇ってきた。
ぽつり、ぽつりと雨が降り始め、すぐにどしゃぶりになった。
チョウノは近くの木の陰に隠れ、ぺたりと座り込んだ。
少し心を落ち着けると、でぃのには自分が無知であるゆえ、すまないことをしてしまったと思い始めた。
「でぃのぉ……」
エンテイではなくても、でぃのは相棒であることには変わりないのだ。
チョウノは思わず叫んだ。
「でぃのー!」
「バウ?」
「えっ でぃの……」
でぃのはいつでも、呼んだら来てくれる。そして、今回も。
「ゴメンなでぃの……ゴメンな……!」
でぃのはチョウノのおでこを舐めた。そして、すっかり冷えてしまったチョウノを優しく包み込んだ。
「あったかい……」
さっきまで、足下をちょこまか走っていて、疲れるとだっこしていたでぃのが、今ではチョウノより背が高く、さ
らにはチョウノがエンテイに感じた父性まで備わっているようだ。
「身体だけじゃのうて……心も大きなってんなぁ……」
翌朝、チョウノとでぃのはまた焼けた塔の前に来た。
「こうなったら、作戦変更や! でぃのの速足を利用して、これからもガンッガンエンテイ探したんで!」
それを見ていた、近所の子供たちが言った。
「おーまえなー、エンテイとでぃの、どっちが大事やねん」
チョウノは、一瞬キョトンとして、でぃのの方を見た。でぃのの目は透き通って、また輝いていた。
「どっちも同じくらいや! 天秤にかけられるもんやないねん!」