分かり合うまで


 大抵、ダイジュの行動に他意はない。元からの天邪鬼な性質は変えられないにしても、強くなりたい、バトルで勝ちたいというストレートで愚直な欲求を持っている。
 だから、ノーラの後継者とされたそのトレーナーに会った時も、他のことは考えなかった。

「キュラスとかいったな」
 歳が近いと聞いていたが、キュラスはまるでダイジュとは正反対だった。低い背丈、浅黒い肌、そして物静かでミステリアスな性質。ゴーストタイプをエキスパートとする四天王の一人で、極端に視力が弱いがためにダイジュにとっても謎多き人物ノーラの後釜というのだから、地位にはとても合っている。とはいえ、それはダイジュの主観でしかないが。
 だって、分かり合うなら、バトルが一番じゃないか。ポケモンとだって、人とだって。
「俺とバトルしろ」
 ダイジュが言うと、待ってました、と言わんばかりに、キュラスもボールを持った。

 ○

 キュラスは負けましたか、とラドナが言った。向かいには、かつてともにリーグに立っていた、現フロンティアブレーン内定者のノーラが座っている。
「そのようね。なんでだと思う、ラドナ」
「……義務感、でしょうか。ノーラさんは、一度ダイジュくんに勝っています。そして、ノーラさんのポストを継いだ自分も勝つのが筋だと」
「良い推測だと思うわ。義務感や焦燥は、ときに自身を蝕む」
 自分に言われているようで、ラドナは視線を逸らした。かつて自身がドクとしてサクハの統一に奔走していたときは、何度も心配されたものだ。ただのラドナに戻りチャンピオンとなったとき、ノーラは、逞しくなったわね、と言った。
「ですが……今の私がいるのは、それらの感情のおかげですよ」
「そうね。だからキュラスには、敢えてなにも言わないのが良いのでしょう。あれはあれで愚直なわけだし」
 ノーラはふう、とため息をついた。自分が戦う時以外は基本的にサングラスをかけているノーラは、この時も例外ではなかった。それがあまりにも自然で、ラドナは、たまにノーラの目がほとんど見えないことを忘れてしまう。
 だって、あまりにも的確だ。
「ダイジュ君との強さの関係は、あなたが強すぎるだけですね。キュラスの義務感とかそういうのじゃなくて、単にそれだけなのかもしれませんよ」
「あら、チャンピオンが言う?」
 ふふ、とノーラが笑うのにつられて、ラドナも笑った。
「そういえば、彼女の兄ラナンも、ジムリーダー試験に合格しましたよ。配属はイゲタニシティ、彼の地元です」
「ええっ。お兄さんも強いのね」
「はい。それにエキスパートタイプはノーマル。笑っちゃうでしょう? キュラスとはまるで正反対。これはまた面白くなりそうですよ」
「そうね、あなたも抜かされないようにね」
「それはノーラさんもでしょう?」
 キュラスとは正反対の性質を持つトレーナーが二人いるとて、ラドナもノーラも、まだ全てを楽しめる立場にはいない。若い世代にテクニックを伝えつつ、まだ彼らよりは強い、超えられない存在でなくてはならないのだ。

 ○

 バトルの決着がついた時。いつもなら、やりぃだの、よっしゃーだの言うダイジュは、ただただ沈黙していた。
 強い相手だった。自分が勝利したことを呑気に喜べない程度には。
「意外。もっと喜ぶと思ってた」
 そして、それを指摘される。
(なんかノーラに似てる……)
 バトルで分かり合えるなんて思ったのはどこのどいつだ。結局、はじめの印象とたいして変わっていないじゃないか、彼女は彼女であるはずなのに。ダイジュは自問した。
「あっ……あのさぁ!」
 傷ついたポケモンを回復しようと、場を去ろうとしたキュラスの背中を、ダイジュが呼び止めた。
「またバトルして。次会ったら、その時」
 それでも、自分はこの方法しか知らない。
 ダイジュの願い出に、キュラスは右手を軽く振って答えた。いちいち振り返ったり何かを言ったりはしなかったが、ダイジュには見えないように、ふ、と笑った。


 150121