おそろいの髪


 いつのまにか伸びていた、さびた金属のような色をした髪の毛を、私は耳の後ろにやった。
「あら、エデルさま、髪の毛が伸びてきましたね。長い髪もお似合いですわ。そろそろお結いになってはいかがかしら?」
「……どうせ、すぐに切るわ、こんな髪」
 全く。このメイドは、私がどんな気持ちで髪をはらったのか分かっているのかしら?
 分かっていないから、こんな物言いをするのでしょうけど。
 ……まあ、彼女も新人メイドでしょうし、特別に許してあげるとして。
 私が自分の髪を忌み嫌っている理由は、廊下に並ぶ、ドレイデン家の歴代当主の肖像画をずらり見ると、一目瞭然。
 凛々しい瞳の彼らは、皆太陽のような金髪に緑の瞳。
 対して私は、茶髪に緑の目。
 こんな髪の毛、伸ばそうとも思わない。

 私は当主になるわけではないけれど、皆と同じがよかった。
 どんどん髪の色が濃くなっていく私とは違い、姉君や兄君は、いつまでもきれいな金髪のまま。
 なぜなのか、と母君に問うてもはぐらかされるばかりだったから、七歳になって“インターネット”という武器を手に入れたある日、私は検索した。
 “ドレイデン家 茶髪”と。
 すると、私が知りたかった――知りたくなかったかもしれない――情報が、眩しいほどにモニタに映った。
 ――かつて、バテン地方の没落貴族娘と結婚した当主がいたよな。
 ――そうそう。夫婦共にひどい中傷を受けて、短命だったそうだね。
 ――庶民の俺らにとってはいい話ともとれるけど、あのドレイデン家だもんな……
 それを見て、私は思わず“バテン地方”という言葉をコピー・ペーストした。
 ここからは飛行機でも十時間以上かかる、北方の地方には、私にそっくりな髪と瞳の色をした人々が住んでいた。
 そのうちの一人と結婚したのは、私の祖父だった。 
 そんな地方の人と結婚するから私は。
 父の世代にも私の世代にも、他にはいないのに、何で私が。
 悲しみといらだちが抑えられなかった。

 髪の毛をばっさり切ったある日のことだった。

「エデル、今日はこのお兄さんと一緒に遊ぶんだよ」
 久しぶりに帰ってきた父君は、また仕事の話ばかり。私は父君と遊びたいのに。
「よろしくっ」
「……わかりました」
 その人の髪と瞳の色は、私によく似ていた。
「助手も大変だなぁ。いや、こっちの話。ボール遊びでもしよっか」
「わかりました。ボールはそこにあるので」
「わかりました、って。堅いなぁ」  むしろあなたが軽すぎるんじゃないかしら、誰にものをお言いになって?
 いろいろ言いたい気持ちになったのだが、そこは私が我慢した。
 これが、“お嬢様”を取り除いた私なのだと、彼を通して、何となくわかる。みっともない。

 ○

 三角形を作って、ソフトバレーボールでパスしあい。
 三角形の一角を形成するのは、カモネギ。ネギをバットのように振って、ボールを高くあげる。
「あのさー、」
 青年がボールを目で追いながら口を開く。
「俺さー、バテン地方ってとこ出身なのねー。エデルちゃん、バテンの人によく似てるなーって」
 私の手が止まった。ボールは落ちて、弾む力もなくなる。カモネギがそれを追いかける。
「似ていて当たり前です。わたくしの祖母は」
「知ってる知ってる。俺の近くじゃわりと有名な話」
「わたくしは認めていません!」
「ギャー! 泣くな、泣くなって! 俺責任重大じゃん!」
 彼は私のもとへ来て、その大きな身体で私を抱きしめた。
「はぁ……ふっかふか……髪サラサラ……」
「父君を呼びますよ?」
「それは勘弁」

 結局、彼に言われて、私は花壇に座った。
「落ち着いた?」
「……」
 きっと、彼は困ってる。私はうつむいてばっかりだから表情はわからないけど、困ってる。
「あのさ、」
 改めて、彼は言った。
「おばあちゃんのこと悪く思わないでやってよ。バテン人の俺が言ってどんだけ効果あんのかわかんないけど……」
「……聞いてますよ」
 そこで話すのをやめた彼に一言言った。
「そっか。君のおじいちゃんとおばあちゃんはね、何を言われようと、どう攻撃されようと、お互いのそばにいることを選んだんだ。たった一つの想いを貫くことの難しさは、まだ君にはわからないかもしれないけど」
 そこで、私は顔をあげた。ぐしゃぐしゃになっていたから、彼と目を合わせることはしなかったけれど。
「いずれ君も、もう少し大きくなったらわかるよ」
「子供扱いですか?」
「うん。だって君は子供だもん」
 ここまではっきり言われると、逆に返す言葉がない。
「一生かけて、守りたいもの。それくらい、愛しいもの。君は君のおじいちゃんとおばあちゃんを誇っていいし、自身を誇っていい」
「……?」
「君、ドレイデン家のことは好きか?」
「当たり前です」
「じゃあ、自分自身は?」
「……わかりません」
 それから、私は髪を一束すくって、じっくり見てみる。
「おいおい。家が好きなら、自分のことも誇っていいだろ? それに、俺がもう少し若ければ……なんてね」
 その時の彼の憂いを含んだ瞳が、焼きついて離れなかった。
「あなた、もしかして」
 彼は静かにうなずいた。 私は、すくった髪を彼の髪と見比べる。この人とおそろいなら、それでもいいと思った。

「エデルさまっ!」
 この前のメイドが、私を呼んだ。
「お昼ご飯の時間で……あら、髪をとかしておられるの?」
「え、ええ。伸ばそうと思って」
「それは嬉しいわ! だって、わたくし、エデルさまの髪を結うことがひそかな夢でしたから!」
 全く。このメイドは、いつまでもこの調子でいくつもりかしら? もう少し静かにしてくれた方が……。
 でも、それがいいのかもしれない。変わらないもの。私だって、すぐには変われないもの。

「そう、じゃあその時は頼むわね」


 110805
 エクレールさん作バテン地方の設定をお借りしました。
 文章力が著しく足りていないよ!