朝の港にて


 夜明けの光に押されながら、船は大都会の港に滑り込んだ。
「お待たせいたしました。午前七時三分、ヒウメ港に到着いたしました。到着が三分ほど遅れましたことをお詫びいたします。お客様は、係員の指示に――」
 そんなアナウンスが流れていた時、カグロはまだ甲板にいた。
 しばらく髪を切らなかったせいか、少し長くなった紫の髪を揺らしながら、大都会を眺める。
 ヒウンシティ。聞いていた以上だ。
 どこまでも奥へと続く高層ビル街が、ここが世界の中心だと錯覚させる。
「お客様、もうそろそろ準備を」
「はい、荷物はこれだけです」
 カグロは甲板を後にする前に、もう一度ビルを見る。大画面のピカチュウと目が合った。
 長い寄り道を挟んだが、ついにたどり着いたのだ。
 憧れていた、イッシュ地方に。

カグロは、どこまでも続く灰色の地面に降り立った。
イッシュ地方について、興味があるところは大体予習してきた。
初心者トレーナーがポケモンを育てるのに最適な、サンヨウシティ周辺。それから、バトルを極める施設、バトルサブウェイが走るライモンシティ。それにここ、ヒウンシティは何度も訪れることになるだろう。

「ちょっと、どいてくれー!」
カグロは、それが自分に言われているのだとわかると、自分に向かってきていた少年二人を避けた。
「ビクティニが、ビクティニが出たってよ!」
 もう一人の少年から、そのような声が聞こえた。
「あーあ、来たと思ったらこれか」
 カグロと同じ船で来たらしい、橙色の髪をしたの青年が言った。
「ま、イッシュの各クッキングコンテストのタイトルを総なめにする予定の私からすると、関係のない話だけど」
「……? あなたは、“ビクティニ”について何か知っているのですか?」
「そうだねぇ。ビクティニは、イッシュでも幻っていわれてるポケモンで。勝利のパワーをもたらしてくれるとか。実際は、バトルをすればものすごく体力がつくってことで、手合わせしたいんだろう」
「なるほど」
「……声のトーンは変わってないのに、どことなく目は輝いてるねぇ。不思議」
「幻で、しかも体力を鍛えられるっていえば目くらいは輝きます」
 さっきの子供たちが、隣の港でわいわい叫んでいる。ビクティニー、どこだー、と、水面を除いたり、荷物をどかしたり。
「あなた、本当はバトルもするんじゃないですか? そんなことを知ってるくらいなら」
「んー、まあ本業はあくまで料理だけど。しないこともない」
「じゃあ、僕とバトルしませんか?」
「えっ」
「僕はこれから下積みばっかりですし、今のうちにしておかないと」
「んー、オーケー。せっかくだし、噴水広場でパーっとしようか!」

 相性はいいはずだった。
 ネオラントに対し、相手はドンファン。
 それでも勝つことができなかった。

「タワーとかサブウェイも楽しいけど、野外バトルも楽しいねぇ」
 それには返事をせず、カグロはネオラントをボールに戻した。
「なんだ、悔しいのか?」
「悔しいというか」
 それからカグロは、大都会の中心に立つ、橙髪の青年をじっと見据えた。
「ここで勝ってしまっても、イッシュに来た意味がありませんから。はじめはこのくらいでないと」
「ハハ、向上心があるのはいいことだ。私も料理を極めないとなぁ」
「そんなに強いのに、料理なんですか……ちょっともったいないです」
「もったいなくなんかないぞー! バトルはバトル、料理は料理。どっちも好きで、続けていきたいことだ。あ、そうだ」
 青年は、持っていた籠から、燃えるような朱色をした小さなタマゴを出した。
「ポケモンのタマゴ。あげるよ」
「えっ、タマゴを?」
「うん。君は、これから何度もポケモンが生まれる瞬間に立ち会うかもしれないけど。ここから生まれるポケモンは、きっと君をサポートしてくれる」
 籠に入っていたからか、ほんのり温かい。だが、少しも動かないあたり、生まれるのはまだまだ先のようだ。
「元気なポケモンと一緒にいれば、すぐ孵る。君のネオラントだって、すごく元気だしね。タマゴにとっても、君のもとにいたほうが楽しいだろう」
「そうですか。……ありがとうございます。憧れの土地で、ある程度緊張もしていたんですが。こいつを孵すのを一つの目標にしたいと思います」
 青年はにっこり笑い、それから右手を振って市街地に消えた。