地中イッシュ珍道中


 3番道路を自転車で走る度に、カグロは感心していた。
 この道は、誰もが自転車で走るためかまっすぐ線が引かれているのだが、ぬかるみがなければゴミも見当たらない。
 道路を守るのは、ここをよく利用するトレーナーの役目だから、と、いつかここで会った人が言っていた。

 さて。
 今日もタマゴを抱え、走るか、と、カグロは自転車にまたがり、タマゴはかごに入れた。
 勢いをつけ、こぎ出す。ようやくスピードが出たと思った時、カグロの視界が突然闇に染まった。
 がしゃん、という音が周りにこだまする。
「地下か……?」
「わーっ! 大丈夫かー?」
 それもまたよくこだまする声だった。薄橙色の短い髪に、声と比べて幼い顔だちの少年が、彼の手持ちポケモンであろうモグリューとともに、足音を響かせてこちらへと向かってきた。
「あはー、なかなか派手にいっちゃったか……」
 カグロは上を見上げる。青空が丸く切り取られているところを見ると、やはり地下に落ちたのか、と状況を把握した。
「塞ぎ忘れ、よくある! でも、俺が落ちたら絶対お前みたいに平然としてられねーなぁ……」
 ひとまず立ちあがり、土をふり払う。落ちてしばらくは身体が痺れていたが、今はそんなこともなく、特に怪我もないようだった。
 かごに入っていた朱色のタマゴも無事だ。モグリューが、そっとそれを取り出す。
「なんとか、大丈夫だ。……って」
 自転車を立たせようとすると、ぐしゃりと崩れた。部品が一つ壊れて、原型を留められなくなったのだ。
「これっ……ホウエン地方から取り寄せたものなんだが……」
「え、やべーなそれ」
 少年は、草原を思わせる緑色の瞳をぱっちり開き、じっくりと辺りを見渡した。壊れた部品は二メートルくらい先にあった。
「あ、あったぞー! これと同じパーツを探せばいいってことだな」
「同じパーツ? 地下のどこかにあるのか?」
「ああ! 前俺が間違って掘ったところに、こういう部品が大量に捨ててあるところがあったからな。えーと確か、ネジ山付近だったか」
「どこでもいい、部品があるなら」
 カグロはモグリューからタマゴを受け取った。部品が代わりにつぶされてくれた、と前向きに考えるしかない。
「そのタマゴ、もう孵りそうだな」
「ああ、もうだいぶ一緒だからな。ポケモンのタマゴってここまで孵らないものなのか……」
「差があるし、難しいよなー。……よし! それじゃ、部品探しついでにタマゴもあっためるとしましょうか! そしてお前は今日一日で地下通路の魅力にハマってしまうこと間違いなし! ……そういや名前聞いてなかったな」
「ソピアナ島のカグロだ。イッシュにはバトルを極めに。あと、手持ちのネオラント」
 ネオラントがボールから出ると、優しい声で挨拶した。
「ネーオ!」
「み、水タイプか、ハハ。俺はアズキ! 今、つーか昔から、イッシュ地下通路全開通に全力傾けてる! でもよく迷うから、ああやってたまに地上に穴あけちゃってたり……。んで、こっちはモグリュー! あとはドリュウズさんとかマッギョさんとか……あっちで穴掘り作業してるな。ネジ山地下までなら、ちょうど通り道だ!」
 アズキは走り出そうとするが、カグロは慌てて彼を止める。
「まず、穴を塞ぐのが先じゃないか?」
「あ、そうか、そうだな」

 アズキは慣れた手つきで穴を塞いだ。こういう作業は職人並だ。
「で、今3番道路だったよな。で、カグロが落ちてきたのがこっち。てことは」
「こっちが西だ」
「んじゃ、北西に行けばあの場所がある……はず!」
 もう一度確認して、アズキたちは歩き出した。暗い地下だ、ネオラントを出しているだけでもかなり視界が広がる。カグロは方位磁石を取り出した。
「あ、このへん、電気石の洞窟の地下も通るから、そういうのは使えなくなるぞ」
「結構不便なんだな」
「そこは愛で乗り越えろ!」
 カグロは方位磁石をしまいつつ、苦く笑ってため息をついた。
「あ、いたいた、ドリュウズさーん、マッギョさーん、計画変更するから、こっち来て!」
「ドリュウウウウ」
「ピルルルル」
 ドリュウズはそのまま一直線に、マッギョはぴょんぴょんはねて、アズキのもとへ向かう。
「はいお疲れー。今日はこの赤バンダナ、カグロの自転車が、その、不祥事で壊れちまって。だから、この部品を探すこと!」
 アズキは勢いよく部品を取り出し、ポケモンたちに見せるが、ポケモンたちははてな、と首を傾げた。
「いや、それ曲がってるんだって……」
「あ、そっかそっか。んじゃこの原型っぽいものを探す、フィーリングだ!」
「モグ!」
「ドリュウウ」
「……プッ」
 三匹はとりあえずといった様子で返事した。
「よし、それじゃはりきって行こ……ん?」
 アズキが行こうとした道の先に、無数の目が光っていた。
「コッ……ココロモリだぁ!!」
「ピヨピヨーン!」
「ピヨピヨーン!」
 敵を見つけたココロモリたちは、表情をまったく変えずに向かってくる。
「俺、無理なんだ……地に足がついてないポケモンは」
 アズキから力が抜けていく。
「“波乗り”はちょっと危険だな。よし、ネオラント、“冷凍ビーム”」
 ネオラントは、まず先頭の二匹を狙い、氷の塊を打ち付けた。ココロモリの勢いが少し落ちる。
 だが、この数を一気に片付けるには、ネオラント一匹では足りない。
「よ、よ……し、マッギョさん、出番だ……ぞ」
 肝心な技の指示がないが、アズキにも何か考えがあるのかもしれない。マッギョがはねる音は、ココロモリの鳴き声にかき消された。
「……そうか! ネオラント、次は上に向かって“冷凍ビーム”だ。できるだけ角度はつけずに!」
「ネーオ!」
 ネオラントは、天井に氷を引くようにビームを放った。一部氷のかけらが下に落ちる。
「ピヨピヨ……」
 ココロモリたちはそれを恐れ、集まって下におりた。
「よし!」
 それを見て、アズキの瞳に生気が戻る。
「ピルル!」
 ココロモリのおりた場所に、ちょうどマッギョがいたのだ。
「地雷だ、くらえーっ!」
「ピヨピヨピヨーン!」
 マッギョの電気に痺れ、ぶすぶすと音を立てながら、疲れたココロモリたちは逃げていった。
「フハハハハ! 一度地に足つけたら、こっちのもんよ!」
「すごいな、この回復っぷり……」
「俺がダメージを受けたわけじゃないからな! さ、行くぞー」

 丁寧に掘られた地下通路を、また歩き続ける。途中、何かがうなるような音がした。
「これは、ひょっとしてまた敵か?」
「違う違う! これは地下鉄の音。ちょうど隣を走ってるんだ。確かシングルトレインだったかな? 俺の地下通路と同じ階層を走ってんのは……」
 やがて音は遠ざかる。カグロがいつか挑戦したいと思っている、バトルサブウェイの電車だ。
「一度、間違えてそこまで掘っちゃったことがあってさー。まあ焦ったな! 当然だけどめちゃくちゃ怒られたし。イッシュの地下鉄にパンタがついてなくて助かったよー」
 怒られている様子が容易に想像できて、カグロは思わず吹き出した。
「よかったー、ウケた! まあそれから色々失敗しつつ、でもあきらめずに掘り続けてる! 地下通路が全部開通したら、そこでやりたいこともいっぱいあるんだ」
 アズキは、ネオラントに負けないくらい、瞳を輝かせた。

 それからは特に変わったこともなく、進んでいけた。
 どの程度進んだのか、道を知らないカグロにはわからない。そこでアズキに訊いたのだが、返ってきた言葉は、
「や、俺もわからない」
 というものだった。
「迷ったのか?」
「はっはー、あるあるだね。でも大丈夫! 洞窟で迷ったら“穴を掘る”で……」
「ふりだしに戻るだけだろ」
 モグリューたちは、どうやら言われなれているようで、実際に穴を掘り出すことはない。
「冗談だよ、ほら」
「実際にされたら、たまったもんじゃねぇんだよ」
「ですよねー。でも、モグリューたちは感じ取ってるみたいだよ、工具のにおい……」
 そう言われると、モグリューとドリュウズは、いつの間にか鼻をひくひくさせている。
「モグ!」
「そこだね!」
 まずモグリューが一撃。それからドリュウズも力を加えた。
 土の壁は豪快に崩れ、その先から鉄の輝きが溢れた。
「ビンゴーッ」
 一行は、足場の悪い場所になんとか入り込み、工具を探し始めた。
 だが、ここまで量が多いとなると見つからず、しばらくしてアズキとカグロはその場にへたりこんだ。
「っはー、見つからねぇな」
「そんな簡単にはいかないってこった……ってアズキ、モグリューが」
「ああ、モグリューはいつでも元気だ……ん?」
 モグリューは、かなり奥の方から、何かを訴えようと腕をぶんぶん振り回していた。
「ドリュウズさん、行ってみて」
「ドリュウウウウ」
 ドリュウズが行って、それからモグリュー一匹では持ち上げられなかったそれを、ひょいと持ち上げた。
「マッハ自転車! 俺が持ってるのと同じタイプだ」
 ドリュウズとモグリューが、それを二人の前に持ってくる。椅子もかごもなく、かなりのボロだったが、カグロが求めていた部品は、ほぼ新品同然であった。
 二人はそれを分解し、部品を取り出す。明かりの少ない中、本当にこの部品で合っているか確認するため、アズキは虫眼鏡を出した。
「えーっと、カゼノカゼノカゼノカゼノカゼノカゼノカゼノカゼノカゼノカゼノカゼノカゼノカゼノォーッ……って書いてあるけど」
「間違いない」
 何よりも説得力がある証拠だった。

 早速戻り、自転車を組み立てなおす。
 その間、アズキはまた上に穴をあけた。そこから、ちょうど太陽の光が降り注ぐ。
 自転車の組み立ては何度か手順を間違えたが、最終的にははじめと同じ状態になった。
「よかったなー!」
「ああ。それじゃ、タマゴはかごに……んん?」
 タマゴが大きく揺れだし、また少し光りだした。
 タマゴを破ったのは、カグロが見たこともないポケモンだった。
「メリュッ!」
「えっ、すげー、メラルバじゃん! 俺はじめて見たー」
「メラルバっていうのか。俺は名前すら知らなかった」
「進化したら、まあすっげえポケモンになるんだけど……俺は進化させない、かな……まあお前はすればいいと思うぞ!」
「……?」
 メラルバの誕生に、ネオラントも喜ぶ。早速二匹で、陽気に話し出した。
「すごいなー。生まれたてでも、すぐ話せたりするんだー。んで、気になってたんだけど、カグロって、手持ちネオラントだけなの?」
「だけっていうか、タマゴ用に空けてあるだけだ」
「え……?」
 アズキは、カグロとネオラント、そしてメラルバを見比べる。そして、感動の声をあげた。
「そうか、君は、タマゴマスターに……」
「……は?」
「いいよ、自信持て! 俺そういうの大好きだから! はー、やっぱ目標ってのはそういうのに限るよなー」
 アズキが目の前であまりにも感心するものだから、カグロは、それについては何も言う気がなくなった。

「それじゃ元気でな、未来のタマゴマスター! 俺、穴掘ってない時はサンヨウにいるし、ここでタマゴもらってたらまた会えるだろー」
「ああ、お前もな、なかなか楽しかったぜ、地下通路ってのは!」
 そう言って、二人は別れる。カグロは、メラルバの入ったボールに、よろしくな、とささやいた。


 米村さん宅アズキ君をお借りしました!
 あほは可愛いです…好きですトゥンク。
 年齢が三つ子と同じということなんですけど、BW時系列の数年前イメージなのでだいぶ子供っぽいですね。
 途中に電車ネタが入ってますが完全に趣味ですごめんなさい。パンタがない電車は、線路から電気を集めてるか、もしくはリニア方式だよ!

 まあ、これからは、たまに会っては「最近タマゴどうだー?」とか「どこまで開通したんだ?」とか言い合ってればいいと思います。

 120203