割かれぬページ


 カグロは、ポケモンを捕まえ、育成するため、砂嵐が常に吹き荒れるリゾートデザートにいた。
 ここは、かつてイッシュの中枢を担った場所だ。今は観光地化され、また人を集めイッシュを繁栄させた“古代の城”も随分風化してしまい、面影はない。南部四番道路には、ヒウンの郊外住宅を広げようと、今現在工事が進められている。この場所はまさに、古都と新都の狭間に位置する。
 なかなか手強かったシンボラーの捕獲に成功し、カグロは帰ろうとしたが、一瞬だけ視界が明瞭になり、左手にある岩石群に気付いた。
 青緑色をしたそれらはきれいな卵形をしており、顔まで彫られている。古代の守り神だろうか。
「むやみに触れないほうがいいわよ」
 カグロガ触れようとすると、背後からそれを止める声がした。
「……って、カグロ……?」
「あんたは……」
「ソフィアよ」
 ソフィアは、つけていたゴーグルをくいっと上げた。
「ソフィア……」
「それはダルマモードのヒヒダルマ。一応その状態でも、攻撃はできるから」
「へぇ、ダルマモード……そんな特性を持つヒヒダルマがいるとは聞いていたが。古代の城……中には入れるのか」
「……一応、入れるけど」
 ソフィアの返事を聞くと、カグロは振り向きもせずに中に向かった。
「あ、待ってよ!」
「お前もくんのかよ」
「いいでしょ、私も……気になること、あるし」

 砂漠の影響を受けて、城は内部も流砂にまみれていた。
「普通、占いでの方角がぴったりだった、とかそんな理由でもない限り、こんなところに城は作らないよな」
「そうね。だけど、昔はここは砂漠じゃなかった、って言われてる」
「そうなのか?」
「うん。まだ科学的な根拠が足りないんだけど、イッシュの伝説に、“イッシュが火山灰に覆われた時、ウルガモスが太陽のかわりになった”……っていう話があって」
「なるほど。俺はウルガモスってポケモンは知らないけど、つまり……火山活動で、この場所の気候が変わった、と」
「そうそう」
 カグロは足下の流砂を見た。少しでも足を突っ込めば、たちまち流砂にのまれそうだ。
「ちょっと、そこどいて」
 城に入ってきたトレーナーが、カグロに言った。カグロガ一歩下がると、トレーナーは流砂の中心に走った。
「なっ……?」
「下に行くならこうでもしないと」
 トレーナーはそう言うと、すっぽりと流砂にのまれてしまった。

「……らしいが。俺は下も見てみたいけど、あんたはどうすんだ?」
「私も、下見たい」
「決まりだな」
 カグロ、続いてソフィアが、流砂に飛び込んだ。

「……もう少しタイミングというものを考えろよ」
「ごめんっ……」
 ソフィアは、カグロガ飛び込んでから時間を置かずに飛び込んだため、カグロの上に落ちてしまったのだ。
「まあ、逆よりはマシか。さて、次は……流砂が二つあるな。どっちに入れば……」
「そうね……そうだ、カグロはあっちの流砂見てて」
「は?」
「他のトレーナー待ってたら、どっちかわかるかもしれないじゃん」
「トレーナーなんてめったに来ないと思うんだが」
「いいからっ!」
 ソフィアが促すと、カグロは奥の流砂のほうへ歩いていった。
「……メロ、お願い」
 ソフィアは、カグロに見えないように、相棒――メロエッタのメロを出した。
「ここの流砂、どっちかわかる?」
「メロ」
 メロエッタは、カグロガいる側の流砂を指した。
「わかった。どうもありがとう」
 ソフィアは申し訳なさそうにメロエッタをボールに戻した。そして、カグロのもとへ急ぐ。
「ねえ、そっちが正解じゃないかな」
「は、なんでわか……」
「え、えっとね……占い!」
 ソフィアがそう言うと、カグロは疑いのまなざしを向けた。
「占いって、こんなもんもわかんのか」
「わかる、っていうか……とにかく私を信じて!」
 ソフィアはそう言うやいなや、勢いよく飛び込んで下におりた。
「しょうがねぇな」
 カグロは、少し間を置いて、流砂に飛び込んだ。

 そんなことが何回も続いた。ソフィアが言った場所は、必ず正解の部屋に続いている。トレーナーたちがいた階もあったが、下におりるにつれ数は減り、ついには誰もいなくなってしまった。

「ここは……」
 何度目かで二人が降り立ったところには、もう流砂はなかった。上から砂が落ちてくる以外は、音もしない。
「あっちに扉があるな。奥に進めそうだ」

 扉を開けると、立派な柱が並んだ廊下があらわれた。
「地下に、こんなところが……」
「ああ、ほぼ昔の姿のままなんだろう」
 カグロはゆっくりと歩き始める。足音が厳かに響いた。ソフィアも周りをきょろきょろ見回しながら、彼に続く。
「ここにいた人やポケモンの子孫は、今どこにいるんだろうな」
 カグロの言葉に、ソフィアは足取りが重くなった。だが、カグロはかまわず進む。うかうかしていれば置いていかれる、と思い、なんとか早歩きしてカグロに追いついた。
 いろんな部屋を見て回るが、家具などはほとんどない。たまに壷が置いてあったが、中は空っぽであった。
 また廊下を進んでいたある時、まぶしい閃光が視界を覆った。
「今の光は……」
 カグロには見覚えがあった。同じような光をどこで感じたのか、思い出そうとしたが、思考は数匹のネンドールが遮った。
「ネンドールっ! 向かってくる!」
「っ……ネオラント!」
 ネオラントはボールから出るとすぐに“波乗り”した。数えて四匹だとわかったネンドールを、一匹たりとも逃さず、その技は当たった。
「私も! ルト、“リーフブレード”!」
 ボールから出たエルレイドは、持ち前の素早さで技を放つ。鋭い葉の刃がネンドールを襲った。
「よし、そのままもう一匹……」
「ソフィア。待ってくれないか」
 勢いにのるソフィアを、カグロが制した。
「え……?」
「思い出した。あの光のこと」
 カグロは、イッシュに来たばかりの頃を思い出していた。
 もらったタマゴのこと、タマゴが破れる時の輝きを。
「あれから何匹もポケモンが孵る瞬間に立ち会った。でも、あの燃えるような輝きを見せたのはこのポケモンだけだった。……メラルバ!」
 カグロはもう一つ、腰につけていたボールを投げる。
「メリュッ!」
「メラルバって……あのウルガモスの進化前の」
 ネンドールたちは一瞬怖気ついたが、攻撃の矛先をすべてメラルバに向けた。
「?虫のさざめき?」
 メラルバは、低くうなったかと思えば、甲高い声をあげはじめた。
 ネンドールたちは、その勢いに押される。
「すごいっ……」
「しばらく育ててたけど、こんな威力が出るのははじめてだ……」
 ネンドールたちは疲労し、ちりぢりになって去った。あの輝きの主が、カグロたちをじっと見ていた。

 恐る恐る、二人は輝きの主に近づいていった。
「ウルガモス……あのポケモンよ」
「あれが……」
 朱色の六枚羽根をゆっくり動かしているそのポケモンは、まさに太陽と見まごうほどであった。他の薄暗い部屋とは違い、その部屋だけ、まだ使われている王宮のごとく明るかった。
 後ろについていた三匹のうち、メラルバが途中で早足になり、二人をも抜かして先頭に立った。
「メリュ!」
「ウル……」
 メラルバは、ウルガモスの前で光り輝く。カグロが言う、あの燃えるような輝きだった。
 メラルバはたちまち、目の前のウルガモスと同じ姿になった。古代の城のウルガモスより一回り小さいが、立派な進化だった。
「メラルバがウルガモスに……! そうか、進化形……」
 城のウルガモスがうなずき、カグロのウルガモスを羽根で優しく包んだ。
 その時、ウルガモスたちの背後に、カグロは壁画を見つけた。描かれているのは、どうやら同じくウルガモスのようだ。
「これは……?」
 カグロガ壁画を指すと、ウルガモスは慌ててカグロの前に来た。
「ん、どうした?」
「ウル、ウルルウ!」
「恥ずかしがりやさんだったりして? 自分が絵になってるんだし」
 ソフィアがそう言うと、ウルガモスが何度もうなずいた。笑って、ソフィアはまた話しかける。
「ウルガモス……ずっと、会いたがってた子がいて。ポケモンなんだけど」
「ポケモン……? ソフィアのか?」
「うん。カグロ、ごめんね。あの占い、私がしたんじゃないの」
 ソフィアは一つボールを取り、投げる。出てきたのは、幻のポケモンであるはずの、メロエッタだった。
「メロエッタ!?」
「ローエッタ!」
「普段は絶対、人前には出さないんだけど……」
 メロエッタはウルガモスを見て、微笑む。ウルガモスは、メロエッタから視線をはなさなかった。
 メロエッタは瞳を閉じて、歌いだす。ウルガモスの輝きとメロエッタの声が部屋を優しく包み込んだ。ポケモンたちは、うっとりと聞き入る。
「きれいだ……」
「メロ……メロエッタの名前なんだけどね。この子とウルガモス、昔のお友達みたいで」
「俺たちにはわからないくらい昔なんだろうな」
「うん……」

 “テレポート”でもとの地上へたどり着く。太陽はもう沈みかけであった。
「ソフィア、今日はありがとな。おかげでいいもんが見られた」
「え、ううんっ……こちらこそ」
 夕焼けを眺めながら、歩き出す。こんな夕日を見るたびに、この日のことを思い出しそうだ、とカグロは思った。


 翡翠さん宅ソフィアちゃんお借りしました!
 エンカウント時期は多分3,4回目。

120922