影の森といにしえの少女


 カグロは、狙っていたアブソルを捕獲し、アブソルの能力値を調べノートに鉛筆を走らせた。
 これで、ここ13番道路ですべきこともなくなった、とノートを閉じ、顔を上げてみれば、そこにはいないはずのポケモンが木の陰から顔を覗かせた。
「……ゴビット? どうしてここに」
 カグロが立ち上がると、ゴビットは慌てて茂みに跳び入る。不思議に思っていると、カゴメタウンの方向から女性の声が聞こえた。
「さぁみんなお昼よ……」
 カグロと同じ歳か少し下ぐらいで、深い赤毛に緑の目をした少女は、いくつかのモンスターボールを空に投げかけたが、カグロがいるのを見てすぐに腕を下ろした。
「なぁ」
「なっ、なんですか」
 少女はボールを背中に隠す。見られたくないポケモンでもいるのか、だがカグロはそんなことに興味はなかった。
「ゴビットを見たんだが、お前のか」
「え、ゴビット? 違うけど……」
「そうか」
 カグロは、それから少女には目もくれず、サザナミタウンのほうへ歩き出した。
「待って」
「は」
 振り返ってみると、少女はすぐ近くまで来ていた。
「ゴビットって……」
「違うならいいって」
 カグロがまた一歩歩もうとすれば、少女は二歩歩んで言う。
「私がよくない。私、この場所が好きだから」
「……ジャイアントホールの目の前が好きなんて、相当な物好きだな。俺も見かけたってだけだ。よくは知らない。この土地のことは知らないままでいいんだろ、確かにここはなにかある。たまに寒気がしたりしてな。お前も気をつけろよ、物好きさん」
「私は物好きでもないし、ちゃんとソフィアって名前があるんですー!」
「はいはい。それじゃさよなら、ソフィアさん」
「もー……」

 カグロが去ったのち、ソフィアと呼ばれた少女は、けして人前には出さない秘められたポケモンをボールから出した。
「メロ、あなたならわかる?」
 メロと呼ばれたそのポケモン――メロエッタは、あたたかな歌声で森を包む。だが、歌に誘われて出てきたポケモンの中に、ゴビットはいなかった。
「ロエ……?」