垣間見える勝利の星


 リバティガーデンは、真ん中に塔が建っている無人島だった。
 元々観光地化でもするつもりだったのか、アスファルトが引かれている。
「どこだビクティニー!」
 島に降り立ってすぐ、トレーナーたちは島のいたるところに散ったが、その中で、商売魂に燃える者もいた。
「よーし、いくぞーっ! ヒウンアイス・イン・リバティーガーデン! いかがですかー」
「商売ってのも、大変なんだな」
「ほんとにね。さて、ビクティニちゃんはどこかしら?」
 カグロとサラは、辺りを見回す。
「やっぱりあの塔が怪しい……」
「だな」
 塔といっても、地面からちょこんと生えたように小さいものだ。
 それから、地形を見る。どうやら、塔の前に行くためには、一度島を一周しなければならないらしい。
「とりあえず、向かってみよう」
「ええ、他のトレーナーに先は超させないわ!」

 トレーナーたちは、お菓子を出したり、元気なポケモンにアピールさせたりと、実に多彩な方法でビクティニを呼び出そうとした。
「目撃情報によれば、結構可愛い見た目らしいな」
「見た目だけなら、イッシュ建国伝説の絵にも見ることができるわ。見たことない?」
「……いや」
「そうねー。例えるなら、うさぎりんごに、顔と羽根をつけたような」
「なんっだそれ……」
「それが、なかなか可愛いのよ。そういえば、あの塔もずいぶん古い建築様式ね」
 カグロから見ても、塔はかなり昔に建てられたものだとわかった。普通ならばとっくに崩れ落ちていそうだ。長い間使われていないからか、それとも、ビクティニの力によるものなのか。
 島を一周し、塔の前に着いた。白い塔の表面はでこぼこで、またどこか悲しげであった。
「どっか開きそうなところは?」
「あー、無駄無駄。どっこもないよ。はじめここに来たみんなは、もうあきらめちまったみたいでさぁ。おれもその一人」
 近くのベンチに座っていた中年のトレーナーが言った。
「私利私欲に溢れたトレーナーの前には姿を現さない、ってことかもなぁ」
 カグロは、高い視力であたりをじっくりと調べた。
「これは……?」
 開かずの窓と壁とのすきまに、何かが挟まっているのがわかった。その小さいものを取り出す。
「昔のコインか……?」
「ひょっとして純金製?」
 サラもそれに興味を示す。風に当たっていた側はさすがにさびてきているが、すきまに挟まっていた側は、太陽の光に当たってきらきらと輝いている。
「ってことは金貨か……何円相当なんだろうな」
 カグロが絵柄をよく見ようと、コインを空高くあげた、その時だった。
 何者かが、そのコインを引っ張ったのだ。
「なっ……」
「見えたわ! あの手はまさしくビクティニ……」
「えっ」
 カグロもコインを引っ張り返すため、肘を曲げる。だが、ビクティニの力も強い。
「くっ……うう……」
 カグロは耐えられず、手を離してしまった。コインだけが浮遊し、やがて見えないところへ消えていった。

「え、いたのかビクティニ!?」
「見かけた人はいたけど、消えちまったみたいだ」
「ちぇー、つまんねえの」
 トレーナーたちは、ぞろぞろと島を出ていく。
「お前らも、いい加減にしとけよー。夜になったら帰れなくなるからな」
 島には、カグロとサラだけになった。
「はー、みんなあきらめるのが早いったら! 私はちゃんと見たのよ。まあ、手だけだけど」
「ビクティニは、塔の向こうに消えていったんだよな。中に入ったって可能性は」
「少なくとも、この正門からじゃないわね。……あら?」
 サラは、窓に変化があると気づいた。さっきまで閉まっていた、内側のカーテンが開いているのだ。
「ビクティニが開いたのかしら? なんていうか、中はまるで大金持ちの豪邸みたいね。そんなに広くは見えないけど」
「これ、絶対ビクティニに試されてるぞ」
「どういうこと?」
「ほら、さっき、私利私欲に溢れたトレーナーの前には姿を現さない、って誰か言ってただろ。ビクティニは確実にこの島にいるんだ。俺たちの推理力を試してるんだろう」
「なるほど……ビクティニ、金貨に大富豪……」
 二人は塔の周りを歩き、他に変化がないか探した。
 変化はすぐに見つけることができた。一つ隣の窓も、カーテンが開いていたのだ。
 そこには光が当たらず、中も見えない。だが、真正面に掛けてあった白黒写真だけは、かろうじて見ることができた。
「ビクティニ。すごい嬉しそう」
「一緒に写ってるのは……おばあさんか。裕福そうだな」
「うん。古い写真なのに、全然不気味さとか感じない。幸せに暮らしてたのね」
 窓から目を離し、また塔を見上げる。
「……何年前なんだろうな」
「かなり前よね。ビクティニにとっては、それこそ一瞬だったのかもしれない」
 サラがそう言うと、ギイ、と古い扉を開ける時のような音がした。
 二人ははっとし、扉の前に走る。扉は開いてはいなかった。
「だめだ、開かない。でも、ビクティニ……扉の向こうにいるよな?」
「でしょうね」
 そこでサラは、一歩進む。
「寂しかったのよね」
「サラ」
「お金持ち、ごく普通、無一文。いろんな家やグループがあるけど、どんな階級にも存在しうるもの、それが温かみよ。それがある場所が、居場所になるの。ビクティニの家族も、温かさに包まれていたのね、そうでしょう?」
 サラは扉に話し続ける。カグロもサラの話を聞きながら、自分の旅立ちを見送ってくれた両親のことを思っていた。
「もともと他人だけど、家族にだってなれる。人間同士、ポケモン同士、そして人間とポケモンでも……ね。長い間、辛かったでしょう。でも大丈夫、この島のこと、みんな知っちゃったから」
 サラがそこまで言った時、扉は大きく開かれた。
「開いた!」
 二人は早速、塔の中に入る。中心に、地下へと続く階段があった。
「キバゴ!」
「モンメン!」
 二人は、生まれたばかりで元気いっぱいのポケモンを出した。ビクティニを見つけてすぐにバトル、ということもありえるからだ。
 そのまま階段を下り続け、明かりのついた部屋に出た。
「生活感があふれるというか……」
「ここがビクティニの部屋、か? ……あ」
 カグロはコインを見つけ、拾った。さび方からして、間違いなく外で拾ったコインだ。
 そしてまた、手が見える。それから、手に頭、足、羽がついた。
「ティニッ!」
「ビクティニ! お前が」
 ビクティニは笑顔で二人と二匹を迎えた。
「えへっ、やっぱ可愛い!」
「ティニー!」
 カグロはビクティニと部屋を見比べる。
「なぁ、ビクティニって、バトルもするのか?」
 ビクティニは、一度首を傾げたが、すぐにうんうんと頷いた。
「どういう生活してたか、まあ幸せそうだったんだなってことはわかったけど、俺たちトレーナーは、バトルが挨拶がわりだからな。いくぞ!」
「あっ、カグロ君ずるい! ビクティニー、次は私ともバトルしてね!」
「ティニティニ!」
 ビクティニはダブルピースで応えた。

 それから、タフなビクティニとともに、数時間にわたるバトル合戦が繰り広げられた。
 ビクティニは幻のポケモンというだけあって、倒したと思ってもすぐに復活してしまう。ビクティニは、キバゴとモンメン以外のポケモンたちの相手をもした。

「はー、貴重な体験だったわ。ポケモンたちも強くなったし、勝利の力も分けてもらったし! これでサブウェイでも連勝連勝ー!」
「ああ。ビクティニも、これからは扉を開けておくみたいだし、トレーナーを相手にバトル三昧なんじゃないか」
「そうね! でも……」
 ヒウンシティに帰るための船に乗る前に、サラはもう一度塔のほうを見た。
「誰も、ビクティニの力を悪事に使わないといいんだけど……」


120205