そこにある笑顔


「マリー……」
 それを見かねた金髪ショートの女性、カモミが言う。
「なに?」
「さっきからなにうろうろしてんのよ……まるでリングマみたいに……」
「だってだって! 今日はあの子が来る日だから!」
「そっか、今日だったんだ」
 同じくマリーの動きが気になっていた青年タンジが言った。
「そうそう、だから待ちきれなくて――あっ、来た!」
 階段を駆け上がる音の後に、ドアのベルがりんと鳴る。
「マリーさん、mum結成おめで――」
「エデルちゃーんっ! 卒業あんど大学合格おっめでとー!!」
 エデルが言い終わる前に、マリーが叫んだ。
「あちゃー」
「下まで聞こえてるわねこりゃ……恥ずかし……」
 マリーはエデルを中に招く。mum――マリーが、ヒウン美大の仲間であるタンジ、カモミと共に立ち上げたデザイン事務所だ。
 エデルが大学入試の勉強をしている間、マリーも、夢に一歩近づいていたのだ。
「今日はいろいろ話そうねー! あっ、そういえば、髪切った?」
「はい、気合いを入れるために」
 エデルがそう言うと、マリーは明るく笑った。
「で、マリー……」
 そのまま次の話にいこうとするマリーを、カモミが止めた。
「彼女のこと、紹介しなさいよ。いいお客さんなんでしょ?」
「あーそうか、そうだったね! えー、ミズ・エーデルワイス・ドレイデン! 彼女には六年ほど前からお世話になってまして、一番はじめにオーダーを受けたのがカモネギちゃんとのおそろいドレスで、その次がルーちゃん……ブルーとのおそろいドレス。……ってかんじかな」
「よろしければ、エデルとお呼びくださいね。それから」
 エデルは、鞄から一つのモンスターボールを出す。ボールカプセルには星のシールがいくつか貼ってあった。
「こちらがルー、ルー・ドレイデンです」
 ルーと呼ばれたポケモンが、星をちらしながら飛び出す。グランブルだ。
「そっかー、ルーちゃん進化してたんだよねー! もう抱っこはできないけど、なでなでしていいー?」
「もちろん!」
 ルーもマリーのことが気に入っている。頭を撫でられたルーは笑顔を見せた。
「すごーい、よく育ってるね! そうだ、こっちも自己紹介しなきゃね。僕はタンジ、mumでは平面デザイン担当、ポスターとか描いちゃうよ」
「私はカモミ、広報と営業担当。夢のある子は大好きよ」
「わぁ、よろしくお願いします! 改めまして、mum結成おめでとうございます!」
 エデルは、3の島の名物こと、“おばちゃんの手作りクッキー”を渡した。
「ありがとう、なにこれおいしそう! あとで山分けしようねー」
 三人がわいわいする中、ルーもガレを見つけてはしゃぐ。ガレは大きくなったルーにはじめ動揺していたが、それもすぐに慣れた。
「それで……」
 一方、エデルは表情を曇らせる。
「どうしたの?」
「もう、マリーさんに作ってもらうようなものがないなって」
「えっ……」
「これからは大学生ですし、あんな可愛いドレスを着る機会も、もうなくなりそうなので……」
「エデルちゃん……」
 一番はじめに、母に言われて自分でオーダーしたカモネギドレス。落ち着いたデザインも、白と緑のリボンも一目で気に入って、母も姉も素敵だと言ってくれた。
 その次にオーダーしたのがブルードレス。夜会での一騒動もあり、また学園でコンテストがあった際も着用した。
 ――ポケモンとはまた違うが、いつも一緒にいた存在だ。
 ドレスがなくなるわけではないが、もう着ないとなると、やっぱり寂しい。

「だーいじょうぶよ、うち、アクセサリーもやってるから」
「カモミさんっ……」
「そっか、もう事務所なんだもんね! アクセサリーもすぐに作れるように」
「そうそう、それに、私もタンジもいますからねー、絶対遅れないようにしますから。エデルちゃん、マリーに待たされたこととかない?」
「ちょっ……今それ言う?」
「事実じゃない」
「もー」
 マリーは頬を膨らました。大人になっても、技術があがっても、彼女のこういうところはずっと変わらないのだろう。
「とにかく、エデルちゃん、そういうことだから! これからもmumをよろしくね! ……って、これじゃステマみたいだけど」
 マリーの最後の一言に、一同はどっと笑う。
「そうですね、マリーさんのデザイン、ずっと大好きですから……こちらこそ、これからもよろしくお願いします」
 顔を上げて、エデルが言う。
「よぉっし、それじゃこれからいっぱい喋ろうじゃないかぁー! 噂には聞いているよ、彼氏ができたんだってね」
「え、それ話すんですか!?」
 エデルは頬を赤らめる。その日、サンヨウシティのジム向かいにあるアパートの三階からは、笑い声が絶えなかった。