すてきなドレス


 十一歳の誕生日を迎えたエデルへのプレゼントに、毎年恒例のドレスはなかった。
「あら? お母様、こんなことを言うのもなんだけど、今年のドレスは……」
「ええ、ないわよ」
「どうして? わたくし、毎年楽しみにしているのに」
「あのね、エデル。どのドレスが一番自分にぴったりかなんて、本人が一番よくわかっていることなのよ。だからあなたにも、そろそろ既製品じゃなくて、気に入ったデザイナーにデザインしてもらう楽しみを知ってほしいの」
「気に入ったデザイナーにデザインしてもらう楽しみ……?」
「そう。ドレイデン家のレディーは、あなたぐらいの年齢に達すれば、素敵なドレスを自分で見つけるのよ」

 いきなりそう言われたわけだが、エデルはどうすれば良いのかわからなかった。
 ――そういえば、姉はアルミア地方のデザイナーに毎回オーダーしている。姉も、十一歳の頃にこんなことを言われたのだろうか。
 いまいちピンとくる仕立て屋を見つけられないまま一ヶ月が過ぎたが、ある日の朝、新聞を読んでいたエデルの表情がぱっと明るくなった。
 『十六歳の天才デザイナー登場! ドレスデザインコンテストシンオウ大会・ティーン部門グランプリ』
「この方ですわー!!」
 エデルは、思わずだだっ広いリビングの中心で叫んでしまった。それから執事やメイドが目を丸くしてエデルを見、彼女は苦い表情になりつつ口をつぐんだ。
 何でも、そのデザイナーは、“人とその隣のポケモンを最大限に輝かせる”ことをモットーにドレスデザインに励んでいるそうだ。
 ――でも、十六歳の新人だなんて、母親に言ったところで無駄かもしれない。
 そう思ったエデルは、一番信頼できるばあやを呼び、シンオウへの飛行機を手配してほしいと頼んだ。

 その“十六歳の天才デザイナー”ことマリーとは、ヨスガシティで会う約束をした。
 一緒に来たばあやとは、待ち合わせ場所となっているふれあい広場の、入り口で別れた。
 ふれあい広場は、ポケモンと遊んだり、ピクニックしたりできる場所らしく、彼女も一緒に来ていたカモネギをボールから出した。
「えーと、ふれあい広場の真ん中の噴水……ここだわ」
 そこには、新聞記事で見た女性が座っていた。
「失礼します、あなたがマリーさんでしょうか? わたくし、この間ここでお会いする約束をしました、エーデルワイス・ドレイデンと申します」
「え、あなたが?」
 赤縁眼鏡の女性は、人懐っこそうな笑顔を見せた。
「待ってましたよー、私はマリー!」
「ガレ、ヨロシクー」
 エデルはマリーと握手をかわし、それからぺラップのガレに笑いかけた。
「さて、ドレスのオーダーですよね?」
「ええ、そうなのですが……その、新聞にも載っておいででしたし、オーダーが溜まっているのでは?」
「え、ぜーんぜんですよ! 私まだまだ無名だし、今はなんてったって不況ですからねー」
「そういうものなのですか……。でも、本当にすごいと思いましたよ! ティーン部門といえば、毎回十八、十九くらいの方が獲っているわけですから。一緒に載っていた、ふんわりしたドレスも素晴らしいものでしたよ」
「いやー、照れちゃうなー。ま、座って座って」
 エデルは、話しやすい人でよかったと思いつつ、マリーの隣に座った。背後では、噴水が気持ちよい音を立てる。
「で、ドレスのモチーフなんですけど、あなたのそばでジェントルマンな佇まいをしている、カモネギさんでよろしいでしょうか?」
「そうですね、カモネギで」
 エデルは手のひらを広げ、カモネギに膝の上に来るよう促した。カモネギは少しはばたき、エデルの膝にとん、と乗った。
 それから、マリーは目を輝かせて、シャープペンシルとメモ帳を握って言った。
「よーし! これから質問攻めしちゃうよ! あなたのこととか、カモネギさんのこととか。答えたくないところは答えなくていいからね。それからうちに来てもらって、サイズ測ったりするね」
「はい、お願いします」

 ○

 エデルとの話が終わった後、マリーはひとりため息をついた。
「っはぁー、緊張したぁー」
「ナニ、ラシクモナイ」
「ガレはカモネギと仲よさそうに話してたねー。ふぅ」
 マリーはまたメモに目を通す。
「う、上手くできるかな……相手はまだ小さな子供、それもお嬢様……うう」
「オマエシダイダ」

 それからは、何度もデザイン画を描き起こしては机に突っ伏す日々が続いた。
「も、もうすぐ〆切日だってのに……これじゃ地味すぎる……かといってカモネギベースで派手でも」
「ガレ、モデルナラ、オシャレニナルゾ」
「あんたをそのままモデルにしたらピエロになっちゃうよ。なんていうかこう、エデルちゃんはルックスはしっかりしてるんだから、ドレスはあくまでも寄り添う感じで……ああもう!」
 シャーペンの芯が折れ、頭を抱える。
「はーやく作業に入りたいよー!」
 マリーはそう言いながらも、シャーペンを強く振って芯を出し、また真っ白な紙と向き合った。
 しばらく黙って描いていると、右から風を感じた。窓は開けていない。となると。
「ガーレーッ! 人が集中してる時になーに羽根振り回してんのー!」
「カモネギダ!」
 ベラはポーズを決めて言う。おそらくは、カモネギのネギ使いの真似なのだろう。
 それからまた、マリーのことなどお構いなしと言った様子で、カモネギの真似を続けた。
「あっのねー、あれはネギがあるからこそ……」
 マリーはそこまで言って、一度言葉を止める。ガレは首を傾げた。
「それだーっ!」
 再び席につき、ガッガとペンを動かす。ひらめいたら、後は速い。〆切りに間に合わせるためには、何日か徹夜をしなければならないと、既にわかっていたわけだが。

 約束の日になった。
「マリー、クマー」
「わ、わかってるわよ!」
 マリーは蒸しタオルと冷やしたタオルを交互に顔に当て、徹夜でできたクマをできるだけ隠そうとした。
「エデルちゃん、喜んでくれるかなぁ……」
「キットナ」
 ベラがそう言うと、マリーは驚きの表情で彼のほうを見た。
「たまには優しいこと言ってくれるじゃない」

 マリーは、ドレスを取りにきたエデルに、ハンガーに吊るされたドレスを渡した。
「まぁ、これが? ほら、カモネギも見てごらんなさい」
「カウ……」
 エデルもカモネギも、そのドレスをじっくりと見る。その間、マリーは気が気ではなかった。
「裾なんて、カモネギそっくりだわ。こうやってデザインになっていくのね。あの、着てみてもいいですか?」
「ええもちろん!」
 マリーは試着用に片付けてあった部屋に案内した。

 エデルが部屋から出てきた時に、まずカモネギが反応した。
「カウーッ!」
「似合うかしら?」
「ええ、とってもお似合いです! では鏡を……」
 鏡で全身を見て、エデルの表情がぱっと明るくなった。
「素敵、すごく素敵ですわ! なんというか、ブラウンとイエローのバランスがよくて……」
「へへ……でも、それにもう一つプラス! ちょっとここに座ってくれますか?」
「なんでしょう? ではお願いします」
 エデルが座ると、マリーは別に箱に入れていた髪飾りを取り出し、エデルの長い髪につけてみせた。
「白と緑のリボン、ですね。これはカモネギのネギの部分……?」
「そう! どうしてもこれが思い浮かばなかったんだけどねー」
「ソコマデイウカ」
 ベラのツッコミに、エデルはふふと笑った。
「髪、伸ばしててよかったわ。ね、カモネギ!」
「カウッ!」
 それから、エデルはマリーに向き直る。
「ほんと、全部おそろいで……マリーさん、ありがとうございます。わたくし、もう嬉しくて嬉しくて」
「カウ、クワワー!」
「えへ、どういたしまして……?」
 頭をかくマリーを、エデルはじっと覗き込んだ。
「あの、クマが……」
「ええっ!?」
「あっ、ごめんなさいわたくしったら! でも、お疲れのようでしたら、お金とは別に差し入れの紅茶も持ってきましたから、どうかリラックスしてくださいね」

 エデルからお金と差し入れを受け取り、彼女がいなくなった部屋で、またマリーはため息をついた。
「フケルゾー」
「ううー……あれがお嬢様の余裕ってもんなのかしら……でも……」
 マリーは低くうなって震える。ベラはそれを横目で見ていたが、しばらく後にマリーは大げさにガッツポーズをしてみせた。
「いやったあー! 気に入ってもらえたあー!」
 そのままベラを抱きしめる。
「ヤレヤレ……ッテ、クルシイ、クルシイ!」

 じゃーん、と勢いをつけて、エデルはドレス姿を母と姉に披露した。
「あらー。もっと派手なものにしてくると思ったのに。意外だわー」
 まずそう言ったのは姉だ。
「ドレスに求められるのは単に華やかさだけじゃない、って、エデルも新人さんもわかってたってことよ」
「そうね」
 母の言葉に、姉も納得した。
「に、似合うかしら?」
「うん、とっても。ほんとにこれは……」
「誰が見ても……」

「すてきなドレス!」


 草菜さん宅マリーちゃんお借りしました!
 ノリで前半を書いたものの、その後の展開を全く考えておらず、半年以上待たせてしまうという大失態をおかしました…嗤ってくれ…
 元気なお姉さん大好きです! しかしため息を二度もつかせてしまった! 色々スミマセン。
 カモネギドレスすっごく可愛いんですよ! ある意味コラボともとれるSS。またドレスも描きたいです。

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