どうしてこんなことになってしまったのか、とりあえずリードにわかるのは、目の前で大切なメトロノームが落下していることだけだった。
 ここはどこか、ビレッジブリッジだ。つまり橋上だ。橋の下は何か、訊くだけ野暮だ。橋の下なんて川でしかない。
 手持ちにはガマガルがいるとはいえ、メトロノームの落下より素早く動けるわけではない。というか、いくら水ポケモンでもここから飛び降りるのは負担がきつすぎる。
 もうどうしようもない!
 ――そう思ったところで、リードはふと疑問に思った。なぜ、一瞬であるはずの落下時間で、これほど頭がまわっているのだろう、と。

二本葦は年長者に学ぶ


 今日も、メトロノームとガマガルと一緒。ほどよく晴れた空の下、橋上のリードはため息をついた。
「絶対音感があるのにリズム感がないのはおかしい、って言われた」
「ゲロ……」
 一人ぼっちで弱音を吐くことがないから、ポケモントレーナーというのはやめられない。ガマガルはいつもリードの話を聞いて、ただ頷く。どの程度言葉が通じているのかはわからないが、リードもガマガルの声に応えようと、ともにバトルで強くなった。
 しかし、リズム感はいつまでも身に着かない。
「やっぱり、メトロノームは手放せないな……げっ」
 橋が少しだけ濡れており、リードは手を滑らせた。ちょんと触れたメトロノームは、川面に向かって一直線に落ちていく。
「ぎゃー!」
 リードは叫んで、それからメトロノームを目で追った。
 落ちる、落ちる、ゆっくり落ちる……ん?
 自分の思考回路を疑問に思ったところで、もう一度メトロノームを見ると、それは水に浸かることなく、人の手におさまっていた。
「えっ、あんな速く落ちるものを!」
 リードは驚き、すぐにビレッジブリッジを駆け下りた。あの少年のものか、と、メトロノームをキャッチした人物は気づき、走るリードに向かって歩いた。
「あの、ありがとうございます、大切なもので……! でも、どうやって。腕を痛められるかもしれないのに」
「お礼はこいつに」
 メトロノームをリードに渡し、やや筋肉質で健康的な肌の色をした青年は、自身のポケモンを指した。
「えっと、ギギギアルですね」
「ギギギギギ」
 リードの言葉に、ギギギアルはギア音を強めて返事した。
「そう。メトロノームが落ちてくるのを見て、すぐこいつに“トリックルーム”を指示した。落下がゆっくりになるようにね」
 トリックルームといえば、場にいるポケモンの素早さを逆にし、普段は遅いポケモンから先に攻撃できる空間を作り出す、熟練トレーナー向けの技だ。こんな使い方もあるのか、とリードは感心する。
「だから僕のことは気にしなくていい」
「あ、ありがとうございます……そうだ、よかったらビレッジサンド、一緒に食べましょうよ。お礼もしたいので」
「君のおごりってことかい? そうだな、じゃあ頂こうかな」

 サンドを頬張りながら、並んで座る。人間ふたりと、ギア音を絶え間なく響かせるギギギアルと、それに合わせてゲコゲコ鳴くガマガル。のどかなビレッジブリッジの雰囲気からすると異質な音だが、すなわちこれが、トレーナーと生きるポケモンの音だ。
「これおいしいね、ありがとう。僕はヨシ、君の名前も聞きたいな」
「私は……リードです。一応指揮者目指してて」
「そうか、指揮者に! だからメトロノームを」
「はい。でも、まだまだで……その、ヨシさんは何をされてるんですか」
「僕かい? サッカー選手だよ」
 ヨシの言葉に、リードは目を見開いた。スポーツ選手になることは容易くないと知っている。
「あの、チームは」
「ライモンジーブラーズだよ」
 聞いたことのあるチーム名だ。ライモンではスポーツが盛んと聞くが、ビレッジブリッジからは少し遠くてリードは行ったことがない。
「……夢を叶えるのは大変でしたか」
 リードは不安げに訊く。
「ああそりゃね! 上手いやつなんてゴロゴロ出てくる。……僕の場合は、転機があった」
「転機、ですか」
「ずっとMFとして、フィールドの中盤にいたんだよ。ゲームメイカー? そういうのに憧れて。でも、お前は人の動きを読むのに長けているから、マンマーク技術を磨いてDFになったほうが良いんじゃないかって、言われて」
 DFとなると、守備として主にゴール前などで相手のアタッカーをかく乱する役目か、とリードはほんの少しの知識から考えた。ヨシが続ける。
「ぶっちゃけて言えば、ゲームメイクは向いてなかったってことなんだけど! でも、僕は今のポジションにいて楽しいし、さらに上達してチームの勝利に貢献したいと思ってる」
「じゃあ、他人の言葉プラス自分の意志ってことですね」
「そうそう。でも、そういう経験をしちゃってるから、自チームで守りに参加しないFWを見るともう少しどうにかならないかって考えちゃうんだよね!」
 その分しっかり点をとってもらわないと、とヨシは顔を上げて言った。
「ごちそうさま。おいしかったよ」
「お話楽しかったです。私もまだまだ頑張ります!」
 リードの言葉に、ヨシはぐっと親指を立てた。


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