不思議な巡りあわせもあるものだ、とリードは驚いた。
 モンスターボールをあしらった唐草模様の服を着た男女二人組は、シャル、タクト、と名乗る。なんでもこの二人は、クロッカと呼ばれる地方から指揮者を求めてイッシュ地方――そして、ビレッジブリッジのリードのところへ来たという。
「ヨシさんに訊いたんです。イッシュにいい指揮者はいないかと」
「それで私に」
 それはさすがにおかしいだろう、と思った。
 しかし、彼――シャルの話いわく、ライモンジーブラーズDFのヨシはクロッカ出身で、クロッカにいた頃は色々よくしてもらっていたという。
「私以外知らなかったんだな」
「え、なんて?」
 独り言のつもりがタクトに反応され戸惑う。
「……私は! 確かに指揮者志望だけど、リズム感なんて全然なくて、みんなに笑われて生きてきたんだ」
「そんな」
 指揮者がほしいーとか言って、サッカー選手として成功している人に訊いてこんな遠くまでのこのこやってきた奴らに、私の気持ちがわかってたまるか――
 と、心中でひねくれたことを考えていた、その時だった。
 どこからともなく、ボイスパーカッションが響いてきた。
「んんっ!?」
 シャルもタクトも耳を澄ます。アカペラだけは大いに発展したクロッカ地方だ、二人の肥えた耳からしたらそれは荒削りなものだった。
 しかし、二人が本当に驚いたのはそこからだった。そのボイスパーカッションに、別の音が乗ったのだ。
「どこか違うところから!」
「この異色は……?」
「ああ、これはアコギター。となると」
 次は草笛。とリードが言うと、本当に草笛の音が鳴り始めた。
「どんどん音が重なってく……!」
 そして最後にボーカル。なかなか渋い声で、それまでの楽器隊からは想像もつかないメロディで歌い始める。
「来た来た、黄昏オヤジ。どこか遠い地方の言葉で歌ってるらしい、意味は私にも全然わからない。でも味があるだろ?」
 すごい、とタクトはその場で小躍りした。
 リードも少し落ち着く。彼らのアンサンブルが聞けるこの村が、リードは好きなのだ。
 その中で、感心しながらも冷静にことを考える人物がいた。シャルだ。
「……かなりずれていますね」
「えっ」
 リードはシャルの言葉になかば本気で驚いた。自分にはリズムのズレなどほとんどわからないのだ。
「はじめのボイスパーカッションの時点ではあまりずれてなかったけど。まあ演奏者の距離もあるし、仕方ないことか。……君、リードっていいましたね」
「ああ」
 シャルは改めてリードに向き直った。
「リズム感がないと言ったけど、理由はこの村にあるように思えます。確かにさっきのアンサンブルはクリエイティブで素晴らしかった。まだ可能性はあると思う」
「可能性が……」
 リズム感が身に着かない理由として村民のアンサンブルを指摘され、リードは戸惑ったが、納得できないわけではない。悩める表情を崩さないリードを見て、タクトは観光ガイドの本をぱらぱらとめくりはじめた。
「ここビレッジブリッジは、イッシュ開拓のフロンティアとして勇気ある者たちが居を構えた場所、なのよね」
 該当のページを開いて、タクトが言う。今でもここビレッジブリッジは、その名の通り橋の上に家があり、住民のほとんどが開拓者の子孫だ。もちろんリードはそのことを知っているし、リードの家系だって先祖をたどれば開拓者である。
「勇気ある若者よ、我々とともに、クロッカで異色を響かせないか。……なんてね」
 言ってから、タクトは照れ笑いした。
 シャルとタクト曰く、クロッカ地方ではアカペラは発展したものの、楽器演奏というものがまるで存在せず、二人は物笑いの種にされているという。
 そして、彼らが、今までリズム感ゼロと笑われてきたリードを誘っているという。
 こんな面白い巡りあわせが、これからの人生あるだろうか。
「……わかった。私をその……クロッカに連れていってくれ!」
 リードが言うと、シャルとタクトの二人は顔をほころばせる。
「うわーやったー!」
「まだまだメンバー探しが必要だから、すぐにクロッカへ、というわけにもいきませんが。……ありがとう、よろしく」
「こちらこそ!」
 まだ見ぬ地方で、異色を響かせる。そんな彼らを、指揮者としてまとめる。
 自身のリズム感のことはとりあえず棚に上げて、リードは目の前に現れたフロンティアに足を踏み入れんと、期待に胸を膨らませた。


151021