首筋


 今日は久しぶりにリュンヌに会える。
 めったに会えないというのに、約束の時間を少し過ぎてしまった。

「やほー」
 そう言ってオイラは、リュンヌの部屋に“侵入”した。
「こんにちは」
 リュンヌの可愛さは少しも変わることはない。
「え、えーと、でさ! 旅の話なんだけど」
 オイラは今度の旅のことをリュンヌに話した。
 旅先で見たポケモンやトレーナーたちのことを面白おかしく話す、それはオイラの得意分野のはずなのに、なぜかリュンヌとだと、少しペースが合わない。
 不器用な自分にイライラしていると、ついに話が途切れてしまった。

 恐ろしく重く感じられる時間だった。
 この沈黙を破ろうと色々考えてはみるのだが、考えれば考えるほど何も出なくなってしまう。
 その時、彼女が――オイラの服のすそを掴んだ。

 リュンヌは、何かを訴えるような瞳で、ただこちらを見つめている。視線がぶつかる。
 きれいな紅色の瞳を独り占めするのは悪い気がしないが、なんていうか……
 こういう風に見つめられると、ものすごく意地悪なことをしてしまいたくなってしまう。

 オイラはリュンヌの、小刻みに震えている右肩に手を重ねる。
 こんな時に「大丈夫だから」と言えたらどれだけいいか……今はそれが言えねぇ。
 オイラはリュンヌの白く透き通った首筋に視線を落とした。
 それから、どうしても衝動を抑えられなくなって、独り言を言った。

「許せ」

 静かに時間が過ぎていたような、二人で時間を止めたような。
 リュンヌの息遣いが、少し荒くなったような。
 言いたいことはいっぱいあるんだ。もうここまで来てるんだ。
 だけど言えねぇ。一番肝心なことが言えねぇ。
 でも、もうわかってっだろ。これがオイラの気持ちだから。

 リュンヌの細い腕が、いろんな意味で果てちまいそうなオイラをそっと包んだ。
 いいのかよ。オイラでいいのかよ。

 カーテンが風に揺れて、曇り空を隠した。

 オイラにとっては、短い時間。
 重いようで、二人で止めているようで、結局時間は砂のように流れていく。
 リュンヌも同じように感じているのだろうか。

「んじゃ、またな」
 まともでいられそうになくて、別れ際は少し目線をそらしてしまったのだが……
 リュンヌは、少し微笑んだようだった。