センボン通り


「ちょっエンテイおる!」
 あまり人の通らない道、センボン通りを駆ける。しかし、エンテイが発つのが先だった。またか、とチョウノは走る速度をゆるめる。エンテイがいた場所に目をこらすと、尻餅をついた男性がいた。
「大丈夫ですか? エンテイ見て腰抜かす気持ちはわかりますけども」
「あ、ああ……やはりあれがエンテイ……」
 チョウノは男性の顔を覗き込む。その整った顔立ち、シュッとした鼻すじを見て、ただのイケメンではなさそうだ、と知覚する。そして、視線を服装に移した時、チョウノは理解した。この人は、エンジュ髄一の武家、伊集院家の人だ。
 彼はすっと立ち上がる。その物腰も上品で、チョウノより四歳は年上ではないかと思わせる。
 うん、この人、エンテイの次にかっこいい、と思った時、男性から心の内を読まれたようなことを言われた。
「あなた、今失礼なこと考えていませんでしたか?」
 そう言ってふと笑う。チョウノは跳ねるように一歩下がり弁解する。
「い、いえいえいえいえ予想以上に麗しい方だったので……!」
 自分で言いながらおかしいと思った。予想以上に、という言葉はさすがにないのではないか、と。しかし、男性が怒ることはなかった。
「すみません、少し意地悪してみただけです」
 チョウノは、はぁ、としか返せなかった。武家というから、もっと堅苦しい人を思い浮かべていたのだ。しかし、会話のペースを握られたとはいえ、チョウノも心を落ち着かせ、いつもの口調で話し始める。
「うちはチョウノ。エンテイ目覚めてからずっと追いかけてる。大体追いつかんけど……」
 そうして、自然な笑みを浮かべる。
「僕はシグレ。エンテイ……というか、焼けた塔で目覚めたポケモンを見たのはさっきではじめてです」
「そうなん、元々あんま会えへんのにラッキーやったなぁ」
「……そうですね、ラッキー、です。チョウノさんは他の二匹にも?」
「せやな、この前ライコウとスイクンにも会えたけど、ほんのちょっぴりだけ」
「すごいですね。詳しく聞かせていただけますか」
 シグレが言うと、チョウノはまず、ホウオウとポケモンたちの話から始めた。既に多くの本を読んでいたので、エンジュシティのポケモンたちについてはチョウノの方が詳しかった。
「そういえば、ずっと北に歩いていますけど、チョウノさん、お家は」
「あっそうや全くの逆方向! キュウコン神社の近く」
 チョウノが言うと、シグレは理解した。キュウコン神社も、スズの塔と同じぐらい昔からあって、今神社の周りは住宅地になっている。
 それならば、と南向きに転換しようとして、チョウノは一つの石碑を見つけた。
「あ、これ、なんか建物の跡やんな」
「そうですね、昔はこのあたりがエンジュの中心だったと」
 石碑の隣には説明板もあり、チョウノはそれを斜め読みする。
「図書館の人に言われてんで、エンジュの伝説のポケモンについて知りたければ、石碑を見て昔の様子を妄想するのが大事、って」
「妄想、って」
 シグレはその言葉に笑う。
「今はエンジュの中心はかなり東に移動しましたからね。歌舞練場も、ポケモントレーナーにとっての中心であるポケモンセンターも東部、焼け落ちずに残ったスズの塔も東部。確かにこのあたりでは、妄想が必要なのかもしれませんね」

 昔のポケモンたちとエンジュに生きた人たち、それから今日会ったエンテイに思いを馳せながら、チョウノはシグレと別れた。
 帰り道でふと冷静になって、すごい人と知り合えたもんや、と思う。それに、伝説のポケモンの話までしてしまった。
 エンテイに会えた場所から、石碑の立っていたほうを振り向く。かつての中心地は、今となっては殺風景そのものだが、チョウノがひとたび妄想すると、そこには華やかな建物と人間、それからポケモンで彩られるのだった。


 そうしさんのシグレくんお借りしました。  

 130819