ヒウメのギタリスト


 ビルにはさまれスターを 目指していたら出会った
 まっかなお顔でこっちを見ていた まぁるい私の友達
 からっぽのギターケース いつからかそいつのお気に入り
 今日もこうして二人きり……

 平日の昼間、クオン遺跡公園で歌っていると、からっぽであるはずのギターケースに、ひとつの影が落ちた。
「いいねぇ、オネーチャン」
 髪を三色に染め分けた男性が、ケースにチップを入れた。
「プイ! プイ!」
 チェリンボがはねた。そうか、こいつも知ってんのか。
「あなた、確か、アナウンサーの……」
「そうそう、チャービル! オネーチャンみたいな美人さんに知っててもらえて光栄っ☆」
「知ってますよ……ヒウメシティのジムリーダーでもあるじゃないですか」
「あー、そっか、私ジムリーダーもやってたんだった! 今日はジムの日なんだけど、気が向かなくてねー。どうせ挑戦者なんて来ないし」
 時に真面目なアナウンサー、時にバラエティ番組のエンターテイナー、時にジムリーダー。
 完璧そうに見えた彼だが、今の私にはどうしても彼がそんなビッグな人間に思えない。
「でも、アナウンサーもジムリーダーも、夢だったんですよね? 気が向かないから休むなんて」
「あーダメだよ、そういうのは。続かない。ガス抜きしないと!」
 そう言って彼はチェリンボを抱き上げる。草タイプのエキスパートだからなのかは知らないが、チェリンボもリラックスして彼の腕の中におさまった。
 それから、近くのボロいベンチに座る。
「もっと聴かせてよ」
「平日はここで一人で練習って決めてるんで」
「この子もいるじゃん」
「チェリンボはっ……」
「さっきの歌ね。ああいう直球なの、私好きだなー」
「……」

 仕方なく、私はさっきの歌の続きを歌ってみせた。
「ブラボー! やっぱいいわー!」
 彼は拍手した。
「わざとですよね? あなたテレビに出てますし」
「何で? 本性なんて誰にもわからないだろう? たくさんの顔を持っててもいいじゃないか。真面目な私、面白い私、かっこいい私、すばらしい私、大衆を相手にする私、そして、たった一人の女の子を相手にする私」
 なんて直球。
 私の歌詞以上じゃん……。
「もっと、肩の荷下ろしてやってってもいいさ。それに、サクハ地方はダンスや大道芸は発展してるけど、音楽っていったらいまいちピンとこないんだよ。だから音楽好きは、すーぐ他の地方に行ってしまう。パイオニアがいないんだよ、パイオニアが」
「それは私も思ってました」
「じゃあ話は早い。君がなるんだ」
「でも」
「何のために慣れないビルだらけの町に来たんだ。単純なものさ。スターになるか? ならないか?」
 何のために。そうだ、そうだった。
 私は一度深呼吸して、口を開いた。
「……なります」

 それからもしばらく話して、彼はチェリンボを私のもとに差し出した。チェリンボは私の腕に飛び移る。
 ……ポケモンなんて興味なかったのに。こっちに来て家族にも友達にも会えなくなって、それで寂しくなって。バイト先のおっちゃんは親切だけど、こいつがいなかったら、練習の時は一人ぼっちだったんだよな。
「土日はメインストリート行ってんの?」
「あ、はい。エイトストリートの噴水前で演奏を」
「そっかー。じゃあ私、もうその道通らないことにするよ」
「えっ、何でですか? ひょっとして私の演奏が……」

「次会うときは、君はスターになってるってことさ!」


110717
桜葉さんリクエスト“サクハ地方の日常”より。
日常……日常ですよね、はい。
チャービルは自分のこと全部受け入れてて自分のこと大好きって伝わりましたかね。心配。