異国の舞台で、また出会う


 旅をしていると、どうしても時事的な話題からは遠のいてしまう。
 ゼウラもその一人だが、彼女はもともとニュースやバラエティにはうとい。
 だが、ポケモンセンターでポケモンを回復してもらっている時には、たいていセンターにある大きな画面を見つめていた。

「それでは、ブレイク寸前のお二人に来ていただきましょう、ランゼさん、テンマさんです!」
 その時は、ちょうど昼間の短い番組が放映されていた。ゼウラはソファに座って見る。
「えー、今回は、ランゼさんが新人アイドル、テンマさんが新人和妻師……ということですが」
「はいっ! 僕はずっと“カミーリア大魔術団”のメンバーとして活動していたんですが、今後個人でショーを行うことも増えそうなので、よっと」
 先に返事したのは、テンマと呼ばれた、濃い青色の髪をひとつに束ねた少年だった。見た目はゼウラより年下だが、かなりしっかりと話す。
 テンマはボードを持ち上げ、言った。
「シンオウ第一弾はコトブキシティ! 一月四日から八日まで、ポケッチカンパニーホールにて行います。チケットはここまでおはやめに!」
 ボードには、和傘を持ったテンマの写真と、彼のポケモンらしいユキワラシが、和風で幻想的な背景とともに印刷されていた。
 テンマが言うと、電話番号の部分が大きく載る。
「では、まずテンマさんのパフォーマンスから見ていただきましょう!」
「はいっ」
 テンマは数歩前進し、ユキワラシが隣につく。その時、テンマの目つき、そして周りの空気が変わった。
 白い扇子を持ち、それで左手を隠すように動かすと、とたんに左手から和傘が伸びる。
 さらにユキワラシは逆立ちし、足を突き上げると、そこからさらに二本の和傘が伸びた。会場は拍手で溢れる。
「えーと、これ以上はネタバレになっちゃうんで、是非ショーに足をお運びくださいね!」
 テンマのその言葉に、次は笑いであふれる。テンマはぺこりと頭を下げ、元の位置に戻った。
「テンマさん、ありがとうございましたー! さて、ランゼさんは一月二十六日にデビューシングル……ということなのですが」
「はい。今までは舞台での活動もしていましたが、出させてもらえることになって。今後はテレビやライブでもいっぱい披露できればと思っています」
「おおーそれは期待できますね! ではさっそく歌っていただきましょう」
 さきのテンマと同じように、ランゼも前につく。
 静かなイントロ音の次に、ランゼの歌声が会場を、さらにポケモンセンターまでをも満たす。柔らかな歌声と強い声量に、ゼウラは圧倒された。
「ランゼさんのデビューシングルでした、ありがとうございましたー!」
 そこで番組はCMに移る。CMが終わった頃には、もう次のコーナーへと移るだろう。
「和妻師のテンマくん、アイドルのランゼくん……好きかも」

 ○

「あっ、マーガリンちゃん見て! 今大人気のランゼさんだよ!」
 ライモンのすぐ南、ジョインアベニューにとりつけられた大型テレビを指して、マイカが言った。ミミロルのミミちゃんも、画面に投げキッスを送っている。
「らんぜ?」
「うん。アベニューの人に聞かなかった?」
 マイカが言うと、メグはアベニューを見回す。ついにイッシュ進出か、私たちの口コミが実を結んだわね、と、テレビを見ながら言っている人がいる。
「大人気といっても、まだアベニューでだけだけど……ここにはシンオウから来てる人もいっぱいいるから、いろんなとこのはやりが取り入れられるもんね」
「なるほど……この人かっこいいと思うけど、なにしてる人なの?」
「アイドルだよ」
「アイドルぅ?」
 メグがそのまま問い返す。一目見た時は、シンガー、ダンサー、もしくはどこかのバンドのボーカルだと思ったのだが。
「あーそっか、イッシュには少ないもんね。アイドルっていうのは、歌って踊れる、役者もできちゃう、かっこいい人たちのことだよ! もちろん可愛い女の子もいるけどね。あっランゼさん笑った! かっこいいなぁ」
「へぇ……あっ、このBGMが彼の曲? ほんとに歌も上手いんだね」
「そうそう、メグもわかる? 私シンオウ時代からランゼさんの大ファンなんだよねー! ファンレター出したいなぁって思うんだけど勇気がでなくって……」
「それなら、今度私もジーブラーズの選手に書くから、一緒に書こうよ」
「えっいいの? やったー! マーガリンちゃんがいてくれたら心強いよ」

 ○

 その後も、ランゼは少しずつイッシュでの知名度を上げていった。
 ランゼが成功すると、アイドル不毛地帯であったイッシュでも、アイドルを育てていこうという流れになる。
「今後は君がシンオウで味わったような、激しい競争にさらされることになるだろう」
 ある日の収録後、ランゼのマネージャーが言った。
「特に、ヒウンレコードがデビューさせるこの二人はかなりの活躍が期待されている。後輩に当たるわけだが、負けないようにな」
「はい」
 そう言って、ランゼは紙を受け取る。そこには、テンマ、ルッコと名前が書いてあった。
「テンマ……?」
「ああ、下の写真の彼がそうだ」
 マネージャーの言葉を受け、ランゼは視線を下に移す。そこには、見たことのない金髪の少年の顔が印刷されていた。
「……違うか」

 ○

 それから数日後のことだった。
 ヒウンシティのモードストリートを歩いていた時、どこかで見たようなポスターが連なるように貼られているのを見て、ランゼは思わず立ち止まった。
『ジョウトが生み出したWazumaのマイスター、テンマ・タツナミがヒウンへ――四月三日、ヒウンアートホールにて』
 ポスターは、あのテンマとユキメノコ――おそらくあのユキワラシが進化したのだろう――が、彼のシンオウデビュー時と同じようなポーズで、同じような配置で印刷されていた。
 一度しか会ったことがないし、彼に会った後もアイドルとして、一人のトレーナーとして、多くの人に出会った。
 だが、テレビででニューシングルを初披露した時の小さな共演者を、ランゼは忘れることはなかった。
「四月三日か……仕事が入っているな」
 その日付を見て落胆したが、その時、ふと背後から声が聞こえてきた。
「ランゼさん、か?」
 やばい、と思った。帽子を深くかぶっているのに、わかる人がいるのか、と。
「オレだよ、テンマ・タツナミ」
「えっ」
 ランゼはその名に振り返る。あの時より、背も髪も伸びた彼がいた。隣にはユキメノコもいる。
「ユキメノコと結婚したので、ご報告に参りましたー。なんちゃって」
 そう言って、テンマははにかんだ。思わぬ再会にランゼは戸惑いつつも、飾らない笑顔を返した。
「テンマさん。お久しぶり」
「お久しぶり! 来てみたらランゼさんがこっちでもアイドルやっててびっくりしたぜ」
「君もしばらくイッシュで活動するのか?」
「ああ。チャンスがあって。こっちにもテンマってアイドルいるらしいから、フルネームで活動するけど。……まあ、今後の活動はショー次第かな。和妻ってイッシュにはないし、イロモノって思われてるし。だけど、オレが目指すのはいつだってホンモノだから、絶対一発では終わらない」
 テンマは目をギラギラ輝かせる。あの時、和妻を披露した時と同じ目をしていた。
「俺だってホンモノを目指すさ。アイドルブームかなんだか知らねーけど、俺にはシンオウで積んできた経験値がある」
「んじゃイッシュでは、進化だな! ユキメノコみたいに」
「そうだな。じゃあ俺は仕事だから」
「ああ、頑張れよ」
 二人はまた、都会の喧騒に混じる。だが、上を目指す二人の精神は、混じって見えなくなるものではなかった。


めあさん宅ランゼくん、涼さん宅マイカちゃんお借りしました。