「王」の居場所


 それから三日ほど、カグロはサザナミタウンの図書館に入り浸った。貸し出しカードを持たずとも、文献を参照することはできる。
 素数の研究は現在も続き、つい数年前には、とある数学者がコンピュータを使って1297万8189桁に存在する素数を発見したらしい。
 だが、カグロが知りたいのはそんなことではない。いずれ手がかりとなればそれでいいのだが、今のところそのようなものは感じない。
 だが、ある一冊の本を手に取った時、ページをめくる手が震えた。

「素数と生きるポケモン」
 ある地方で、素数と生きる虫ポケモンの研究が盛んになっている。
 そのポケモンは数年に一度繁殖を行うが、繁殖力は弱いと推定され、異種族を親に持つポケモンが生まれてしまうと、その後の繁殖が困難になる。
 そこで、別のポケモンとの繁殖時期をずらすため、繁殖を素数である十三年周期で、地上に出て繁殖を行うという。
 これだけで繁殖力がぐっと増すのだ。

 他の存在と交わらないために周期を素数とする。
 となると、素数は「部外者を秘めた場所へ行かせぬようにする」ためにも用いられたのではないか。
 カグロは席を立ち、その本を返却棚へ置いて早足で図書館を出た。

「ネオー……」
「今日は大丈夫だ」
 不安そうなネオラントに、カグロは優しく声をかける。ネオラントはそれに応え、主人を乗せ、深い海へと溶け込んだ。

 素数、それは水流を防ぎ、最奥部に繋がることができる鍵だ。
 水流は侵入者を見ている。侵入者の動きになにか法則性があれば、水流は反応する。だが、法則性がなくても、「正しい数列」でなければ水流も容赦ない。
 そこで、知ってさえいればいつでも思い出すことができ、かつ法則性がない「正しい数列」どおりに通れば、水流はなんのためらいもなく、侵入者に道を開けるのだ。
 「正しい数列」、それこそが、素数だ。
 その数でしか割れない一以外の自然数という定義さえ知っていれば、たとえ唱えられずとも数列を挙げることはできる。
(まずは角を曲がらない)
 カグロは、素数のぶんだけ角を曲がる、という法則に確信を持っていたが、それでも独特の恐怖心はある。通れると、次にはなにが立ち向かってくるのか。
「ネオラント、頼む」
「ネオッ」
 ネオラントは小さく返事をし、二番目の角を曲がった。
 それからも、カグロは指示を出す。冒険心と緊張と恐怖心を沈め、ただ冷静に、曲がった角の数と素数の並びを念頭に置く。
 また、壁面の文字は点々と存在した。
「王は七番目の角を曲がる……今まで見た同じような文は、それぞれ二番目、三番目、五番目……やはりか」
 カグロは不敵に笑う。だが、道はそこで行き止まりだった。
 その壁面にもやはり文字が刻まれている。カグロはそこで、今まで見てきた文章を思い出し、一つにつなげてゆく。

 王は愛情に満ちている。
 王には夢があり、また大胆である。
 王は全てを受け入れる。いかなる王も多くを得ることはない。
 王は家来を動かすが、愛をもって行動する。
 王は忌むべき者と戦った。

 王の光は輝く。
 さあ、王を称えよ。

 王の精神を持て。
「そして……」
 カグロは、目の前にある言葉を解読し、口に出す。
「勇敢な王であれ」
 そう発した時、重い音を響かせて目の前の壁が動き、下への階段が現れた。
「素数の法則だけでなく、壁面の文字を見逃していないか、さらにそれら全てを解読できるか……そして最後の二文、まるで侵入者を試しているようだな。……ネオラント、階段に沿って泳いでくれ」
 ネオラントは、下り階段の上をすいすい泳いでいった。