銅のダイナミズム


 断りなく外出を長引かせれば、叔母に怒られるかもしれない。そう思い、ラドナはカキツバタウンまでの道を急いだが、一つ困ったことがあった。
 そのポケモンが、ずっとついてくるのだ。
 叔母に見せたら、まず怪訝な顔をされるだろうし、すぐに追い出されることも目に見えている。
 そのため、もうおうちに戻りなさい、とラドナは振り返ってはそのポケモンに言い聞かせたが、そのポケモンはラドナの後ろを離れようとはしなかった。
 ラドナが途方に暮れていた時、高い声をした少年が話しかけてきた。
「ねえねえ、そのポケモン、コータス? 珍しいね」
「えっ」
 突然のことに、ラドナは戸惑いを隠せなかった。緊張しつつも、少年を見つめる。
 ふんわりとしたスモークの髪に、日焼けた肌、動きやすそうな服装。どこにでもいる少年の出で立ちだが、カキツバタウンでは見かけたことがなかった。
「ねえ、あんまりじっと見ないで」
「あ、ごめん」
「珍しかった? 僕、ハツガから来たんだ」
「ハツガ?」
 ラドナには聞き覚えのある地名だった。親戚の家を転々とするうちに覚えた地名の一つだったのだ。
「うん。で、僕のお父さんがポケモンの研究家でね、いろんなとこに行くんだ。僕もこうやってついてきてる。で……そうそう、コータス! うわー図鑑以外で見るのはじめてだよ」
 少年はしゃがんで、コータスをじっくり見ると、コータスは緊張したのか、煙を一気に吐き出した。
「うわっ! ……目にしみるー」
 いきなりごめんね、と言って少年は立ち上がった。裏表のないひとだ、と思って、ラドナは一つお願いしようと思い立つ。
「さっき、お父さんが研究家って言ったわよね。このコータス、きみのお家に置いてもらえない?」
「え、いいの?」
「ほんとは野生の子なんだけど、私にくっついて離れなくて……でも、家に連れて帰ったらなんて言われるか」
 その言葉を聞いて、少年は、ラドナとコータスの困り果てた顔を見比べる。そして、すぐににこりと笑った。
「いいよ! お父さんなら許してくれると思う。ただし」
「ただし?」
「うちに会いに来るついでに、お手伝いしてもらうかも。人手不足で」
「そのくらい、お安い御用よ」
「よかった! 僕はハイド。君は?」
「……私はラドナ」
 コータスは恐る恐る近づく。水ポケモンたちに集団攻撃された傷は癒えていない。不安そうに見上げると、大丈夫だよ、というように、ハイドは一つ頷いた。コータスが隣におさまると、ハイドはペンと紙を出して、地図を書きだした。
「ここが僕の家。仮住まいだからごちゃごちゃしてるけど……いつでもコータスに会いに来て。よろしく」
「よろしく」
 ラドナはハイドから紙を受け取ると、家の人に見つからないよう、袖の間にしまった。

 朝からいないなんて何してたの、と、ラドナは帰ってすぐ叔母の怒号をくらった。叔母の隣では、三歳年上の従兄、ラショウがにやつきを抑えられないといった様子でラドナを見ている。
「明日は外出禁止ね」
「えー……」
「えーじゃない! それとも、何よ、どこか行くところでもあるの?」
「いえ……」
 明日は、ラショウも学校が休みだ。つまり、一日中ラショウと同じ空間にいなければならない。今までに会った従兄弟の中でも、ラドナはとくに暴力的なラショウが嫌いだった。明日を憂い、そしてコータスとハイドを思って、ラドナは諦めのため息をついた。


 140609