輝く町、ルーキーの顔


 モンスターボールってどうやって使うの、と尋ねる少女の表情は、その地方と同じように輝いていた。
 ポケモン初心者の顔だ。少し大きいポケモンだと、動くだけでびくっとするし、あまり話さないポケモンにはどう接したらいいかわからない。その気持ちは、ナマケロ、ヤルキモノ、そしてケッキングと、気ままな進化を遂げるポケモンを育ててきたラナンにもよくわかる。
 ナーティと、彼女の兄ファルス。「太陽の沈まない、輝きの地方」と呼ばれる、ここハイリヒ地方で、ラナンとキュラスにとっては一番はじめに出来た小さな友人であった。
「それ、まだ小さいままだろ。まず一回スイッチを押す。ぽちっとな!」
「わぁ!」
 ナーティはボールを強く握っていたため、急に拡大したボールに驚いた。
「はは、もっと力抜いて。その大きさのまま投げたら、ポケモンが出てくる。ポケモンに向かって投げたら捕まえられる」
「もっとも、捕まえるのには投げる力も必要だけど……」
 ラナンの解説を、妹のキュラスが補足する。
「ま、力つってもコントロールさえ出来れば。こいつもほとんど力ないし」
 ラナンが笑うと、キュラスはじとりと兄を見つめた。
「それじゃジュウ、入ってみっか?」
 そう言ったのはファルスだ。ジュウと呼ばれたファルスのポケモン、ジュペッタは後ずさる。
「へえ。ジュペッタ。お仲間さんね」
 そんなジュウを見て、キュラスはえいとボールを投げる。中から出てきたのもまたジュペッタだった。
「モンスターボールは怖いところじゃない」
 キュラスのジュペッタはジュウに近づき、にいと笑う。親より社交スキルはかなり上で、ゴーストタイプとはいえ人に慣れている。
「どうだ、ジュウ」
 ジュペッタ同士で話して、少し心を落ち着けたのか、ジュウは改めてファルスのほうを向く。
「いけっ、モンスターボール!」
 ファルスは思いっきりボールを投げる。ナーティに身長では負けているが、腕力は彼のほうがある。
 そのボールが、本当にラナンの言ったとおり、ぱかっと開き、まばゆい光がジュウを吸収していくのだから、ナーティは思わず悲鳴をあげた。ボールは地面に落ち、数度揺れてからパチンとなった。
「ほ、ほんとにジュウ、大丈夫なの……?」
 ナーティが不安そうに言う。ファルスは走って、ボールを取りに行く。
「まだボールは大きい状態だから、そのまま投げてごらん」
 ラナンが言って、ファルスはボールを投げた。しっかりしているように見せていたが、ファルスも不安だったのだ。なので一心不乱になってしまい、ごちん、とボールがラナンの額にぶつかった。
「ってぇ……!」
 ラナンは自然と出る涙をどうにか堪えようとする。ジュウは元気よく飛び出した。 「ジュウ、やった! ボールに入れたな! ……ごめん、ラナンさん」
「い……いいってことよ!」
 こんなこと、ケッキングがヤルキモノであった時はもっと大変だったのだ、と思い返し、ラナンは親指を立てた。

 ポケモンを、みんな一度モンスターボールに入れ、また出して、お昼の時間になった。
「よし、お昼ごはんだ! ……って、お昼ごはんって言うのか? この地方でも」
 ラナンが言うと、ファルスとナーティは笑って、「食べるのはこの時間だから大丈夫だよ」と言った。
 サンドイッチを食べている間にも、ファルスとナーティ、そして彼らのポケモンたちは、よく育てられたラナンのケッキング、そしてキュラスのヨノワールに興味津々だ。
「ゴースト使いになるなら、苦手なタイプのポケモンの対策もしっかり考えないといけないけど」
 口数の少ないキュラスが、めずらしく饒舌になった。
「悪タイプ、ノーマルタイプ、そして、自分と同じゴーストタイプ」
「そうなの?」
「あ、そうか。だからナーティとバトルしたらすぐ決着がつくのか」
 ファルスは日々の特訓を思い出して言った。ゴースト同士でも、技は効果抜群だ。そのため、一度の技で大きなダメージを与えることができ、決着をつけやすいのだ。
「逆にノーマルタイプには、ゴーストタイプの技は効果なし……だから、ゴーストタイプ以外の技を覚えさせることも大事」
 キュラスはラナンのケッキングを見た。兄も自分もお互いどこかがひねくれていて、いつの間にか正反対のタイプのエキスパートになってしまっていた。四天王であるキュラスのほうがジムリーダーのラナンより総合的なスキルが上とはいえ、このケッキングを倒すのには毎度苦労させられる。
「なるほど」
「ってことは、格闘タイプの技がいいってこと?」
 そう言ったのはナーティだった。
「そうそう、よく知ってるじゃないか!」
 モンスターボールの使い方とか、実践的な知識はあまりないようだが、相性のことはこの小さな兄妹も少しは知っているらしい。
「バトルも育成も、試行錯誤の繰り返し。特にこういうヤツにはな」
 ラナンはケッキングの硬い体をぽんと叩く。ケッキングは両腕を天に挙げて唸り、その声にファルスとナーティはびくっとした。
「ラナン、そろそろ次の町に行く時間じゃない」
 キュラスが腕時計を見て言った。お弁当箱は空っぽになっている。
「そっか、そうだな、それじゃまた」
「あ、待ってラナンさん、キュラスさん!」
 ん、とラナンは一度立ち上がったが、また彼らの目線までしゃがむ。
「今度会ったら、バトルしてください!」
 その燃えるような目を見返して、ラナンとキュラスはにいと笑った。

 結局身分を明かさなかったな、とラナンが言った。
 キュラスが言わなければラナンも言わない。自分も兄だが、サクハ地方での地位は下であるから、こういう判断はキュラスに任せているのだ。
「まあ、いつか気付くかもしれないし。そうしたら、連絡先を交換していなくても、サクハ地方まで来てくれるかもしれないし」
 キュラスが言うと、ラナンはそうだな、と言った。


伯吏さん宅、ファルスくん&ナーティちゃん@ハイリヒ地方、お借りしました。
また機会があれば書きたいですラナンキュラスのハイリヒ話。

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