熱き大地に生きる


 久しぶりに故郷に戻り、マーニーはマダツボミの塔を見てひとつ息をついた。
 あの中では、相変わらず柱がぎしぎし揺れているのだろうが、それでいて崩れないのはやはり先人の知恵と努力というものか、と感心する。
 そして視線を下ろし、見慣れた家々を眺める。そして人影を見つけ、今日の自慢話のターゲットにしてやろうとそこへ向かった。
「ジャニー、ただいま!」
「……ひっマーニーさん! 玄関から! 玄関からお願いします!」
 家の窓から、見慣れた薄青のショートヘアーを持つ女性がぬっと姿を現し、ジャニーは研究員らしかぬ声をあげた。
「やー、だって、窓から見えたもんだから……研究員のタマゴが、ねっ! ちゃんと玄関から入るから」
「はぁ、なにも用意してませんが」
「そんなんえーわ、だって」
 マーニーがそこまで言うと、ガチャ、と扉の音がした。次の展開を予想できたジャニーは冷や汗をかく。
「モコモコたんに会えるからーっ!」
 マーニーはモコモコという名前のついたワタッコを見るやいなや抱きつく。その様子を一人見て、ジャニーはため息をついた。
「みんなも出ておいでー!」
 マーニーは腰につけていたボール六つを器用に持ち、ポケモンを出してみせた。六匹ともワタッコだ。
「って、マーニーさん、部屋を見てください! ここは狭いし紙や本が床に……」
「みんなで寄り添えばええねん!」
 七匹のワタッコに囲まれ顔だけ出しているマーニーがにたりと笑う。
「へっへー羨ましいやろー羨ましいやろー混ざってええねんでー?」
「別に混ざるとかそういう問題じゃ……」
「わたー」
「わたわたー!」
 ワタッコたちはぶつかり合い、笑いあう。その様子を見ていると、少しくらい綿が積もってもいいかな、と思えてしまう。
「……って、あれ? ワタッコ一匹増えました?」
「そうそう!」
 マーニーは、指摘されたワタッコを除く五匹をボールに戻す。
「サクハで一番はじめに仲間になった子!」
 ジャニーは、えへん、と威張ったワタッコをじっくり見る。葉っぱの色が少し濃いほか、綿の密度もジョウトで見るワタッコより濃い。
「なるほど、サクハで……あちらでは上手くやってますか?」
「んー、まだ下積みだし、これからって感じ。なに、サクハのワタッコ研究したくなった? ほれほれ」
「いやまあ、確かに珍しいし興味はありますけど、そういうことなら、僕の友人がもっと興味を持ちそうですね」
 友人ときいて、マーニーは目を真ん丸くする。
「え、誰?」
「クリスさん、です。ちょうど今キキョウシティにいますよ」
「ほぉ、ちょっと探してくるわ! 行くよワタッコ!」
「わたぁ!」
 元気に飛び出したマーニーとワタッコ……だが、すぐにジャニーのもとに引き返す。
「どんな人?」
「この写真の人」
 扱いに慣れているのか、ジャニーはすぐに写真を取り出した。マーニーはワタッコのことになるとすぐにこうなるのだ。
 走り行く一人と一匹に、モコモコが手ならぬ綿を振った。
「騒がしい人だなぁ……」

 金髪にハートのピアスをつけた、なかなかおしゃれな少年、それがクリスだった。
 ちょうどアルフの遺跡に向かう道の途中で、それらしき後姿を見たマーニーは声を投げかける。
「そこの少年ん!」
 クリスと思える少年は、金髪を揺らして優雅に振り向いた。
「少年……ミーのことかナ?」
「そのテンション、ええわー」
 少年の挨拶に、マーニーは親指を立てて返した。
「うち、キキョウシティのマーニー! ジャニーの友達……うん友達!」
「へえ、ジャニーの! ミーはオレンジ諸島ポンカン島のクリスだヨ」
「よかったー、探しててん」
「ミーを? それだけでも光栄だけど、なんで?」
 クリスに言われ、マーニーはワタッコを前にやる。ふわふわとしているようで意外と素早く、マーニーの後ろにぴったりとついてきていたのだ。
「……わからん?」
 マーニーはにっと笑う。
「あれ、このワタッコ、葉っぱの色が少し濃い……? それに綿も他のよりふわふわなような……」
「よう気付いたな、このワタッコは、南の……“サクハ地方”で捕まえた子」
 サクハ地方。
 クリスは、その地について詳しいことは何も知らなかった。ただ、名前は聞いたことがある。
「あんた、オレンジ諸島出身言うたよな? サクハはそっから北西に進んだとこ。緯度はほぼ同じやけど、大陸やからサバンナ広がっとるよ。今乾季やしあったかいで」
 そう言って、マーニーはおもむろにポーチに手を突っ込み、一冊の本を出した。
 “ポケットサクハ図鑑”と、間抜けなフォントで書かれたタイトルと、見知らぬポケモンが表紙を彩っていた。サイズは漫画の単行本と同じぐらいであろうか。
「これ。サクハまわる人は大抵買う本。ここでしか見られへんポケモン、他の地方でも見れるけど、毛色とか模様の違いが詳しく書かれとる。よかったらあげるわ安いし」
「ほんと!?」
「まあ、行くかどうかはあんた次第……」
 クリスは本をおずおずと受け取り、ぱらぱらとページをめくる。フルカラーで、写真からメモスペース、チェックリストまである。紙媒体の“ポケモン図鑑”……といったところか。
「……行く。このポケモンたちを観察しないと、ウォッチャーとはいえないね!」
 そして、クリスは青い瞳を輝かせる。その透き通った青さは、まさにサクハの空を連想させる。
「よかった! ……あ、そうそう、ワタッコだけやなくて、ハネッコポポッコも違うで! まずお花の大きさ、それからやっぱり……」
「自分の目で確かめたほうが早いっ!」
「……せやな。うちも今はサクハで仕事してる身や、もし見つけたら呼んでな」
「ああ!」


 涼さんのジャニーくん、クリスくんお借りしました。  

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