水の都と炎の海


「私がトレーナーになったら、あんたのことなんてすーぐゲットしてやるんだから! 覚悟しなさいよっ」
 こんな言葉が、川辺で遊ぶ少女ミーナから発せられる程度には、このアルトマーレという土地は平和だった。
 ちょうどミーナの母親が彼女に昼食ができたことを告げる時のことで、お昼ができたと言われれば、ミーナはそのポケモン――マリルリにあかんべをして川から上がった。
「おかーさん、今日のごはんは?」
「フレンチトーストよ」
「やったぁ! 嬉しいー。食べ終わったらまたマリルリと遊ぶんだ」
「食器洗いはちゃんとしなさいよ。フレンチトーストは、ママひとりで作ったんだからね」
「あいあいさー」
 母親が拭いてくれたサンダルに足を差し入れ、すぐ近くの家に向かう。入り組んだアルトマーレの町並みは、まるで迷宮のようだ。ミーナも、この町のごく一部しか知らないし、あまり遠くまで出かけると帰ることも難しくなるので、それもしなかった。
 それに、彼女が一番興味を示しているマリルリは、いつも近くの川辺にいた。

 いってきます、と言って、ミーナはまた川辺に向かった。ミーナが洗った食器を拭きながら、よく飽きないものだわ、と母親が言った。
「まあいいじゃないか。昔のことが尾を引くこともなく」
 日曜日を存分に楽しんでいるミーナの父親が返す。
「そうね。……移住した私が言うのもなんだけど、あの土地も落ち着いてほしいわ」
「そうだな。新聞の国際面は毎日目を通してるけど」
 あの土地、とは、のちにサクハ地方として統合する地のことなのだが、長い間混乱が続き、ここは子育てに向かない、と思い、富裕層であったミーナの両親は六歳のミーナを連れて、ここアルトマーレに引っ越してきたのだ。
「あっちに友人もいることだし、引っ越したみんなは元気にしているかしら」
「引っ越したみんなとは、ニューイヤーカードは交換してるんだろう? でもあそこに留まってる友人たちはおれも心配だな」
「ええ」
 ミーナが飛び出したドアは、まだ少し開いたままだった。母親はドアを閉め、いろいろな思いからため息をもらした。


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