僕の、新しい家族


 ドンカラスとヤブクロンは先頭を歩いていたが、ダイジュはシオンの後ろにぴったりついていた。
「あのさー……もうちょっと速く歩けね?」
「あら、これはお散歩であって、競歩ではありませんよ」
「だけどさー……」
 ダイジュは左手をちらと見る。大都市の下に、透明感がまるでない水がこんなにも流れているものだとは思わなかったのだ。
「地上と比べちゃいけませんよ。ここはここで、毒ポケモンたちのすみかになっていますから」
「おれ、ベトベターとかベトベトンを好きになれる気しねぇよ……ひあっ」
 ダイジュの足下を、コラッタが通った。
「コラッタちゃんじゃないですか」
「いやだって、いきなり通られるとびっくりすんじゃん。はぁー慣れる気しねぇよここ……」
「でも、ダイジュくんは“ホドモエの跳ね橋”は平気なんですよね? あそこ、たまにコアルヒーが目の前に下りてきて、私もはじめはびっくりしちゃったんですよ。それを考えたら大丈夫なはずです」
「おれ、ゴミ捨て場の臭いに慣れたことねーぞ!」
「うーん、それはそうかも……」
 シオンが返答に困っていると、ヤブクロンがダイジュのそばまで歩いてきて、ホウとないた。まだ不安そうな表情が残っているが、声には、仲良くなりたいという意志があった。
「そうですね、まずは、こういうところのポケモンを好きになること。ポケモンを好きになっちゃえば、なんでもへっちゃらになりますよ」
「うー……そうかなぁ……」

「あら、正午ですね。一旦休憩にしましょうか」
 シオンはレジャーシートを取り出して笑った。
「ま、まさかそんなことないと思うから訊くけど、ここで……?」
「はい」
「もう一度訊きます、あなたはドSですか?」
「いえ、シオンであってサディストではありませんよ。ここを上がったら、いい場所があるんですよ!」
 シオンは鼻歌を歌いながら階段を上りはじめた。ダイジュも後ろについて上っていくうちに、太陽の光が見え、階段は外へと続いているとわかった。外が不潔な場所ではありませんようにとひたすら祈りながら、ダイジュは歩いた。

「ここです」
 シオンが指した場所、それは下水道を出てから見ると桃源郷にすら思えた。
「ビレッジブリッジを拠点とした開拓者たちが、ヒウンを大きな港町にする夢を語ったという大樹の下……いわばヒウンシティ始まりの場所ですね」
 大樹の周りはビルだらけだが、太陽はそんな大樹を見捨てることなく照らし出す。
「こんなとこが……ヒウンはモードストリートしか行かないから知らなかったぜ」
「まさに、知る人ぞ知る場所ですよ。さぁみんな、お昼ですよー!」
 シオンはポケモンたちを呼ぶ。ポケモンたちは、ボールから元気に飛び出した。
「ラグ……」
 その中で、連れ歩いていたラグラージだけは、怪訝な表情をする。
「ぬまぞうちゃん? ……ああ、そうか」
「なんだ?」
「私、お昼持ってないんでしたー」
 シオンが言うと、ダイジュの全身から力が抜けた。
「あのなー……えーとどこから突っ込めばいいんだ」
「木の実ならいっぱいあるんですけど……」
 シオンは木の実袋を出す。袋には、木の実がはちきれんばかりに詰められていた。
「っしょーがねーなぁ……それ貸せ、おれが作る」
「お料理できるんですか?」
「ったりめーだろ、跳ね橋で相棒と水入らずで昼飯食うのがホドモエ男子ってもんだろ」
 ダイジュは鞄からナイフを出す。オレンの硬い皮をきれいに剥いていった。
「相棒って、やっぱりドンカラスちゃんですか?」
「そっそ。男二人でメシ。……はい、できた。回して」
 ダイジュは、オープンサンドをシオンに渡し、シオンはそれをラグラージに渡す。オレンの実はスライスされ、モモンの実は花形に切られていた。
「わー……女子力ってやつですね」
「男子力だ。よし、回ったな」
 ダイジュは、ドンカラスとヤブクロンにもオープンサンドを渡した。一行は大樹のまわりに座る。
「いただきまーす!」
 ポケモンたちはかぶりつき、果肉の味をかみしめた。だが、その中で、シオンはずっとオープンサンドを見ている。
「なんか……食べるのもったいないですね」
「味にも自信あんだから食えよ」
「はいっそれはもちろん!」


120916