僕の、新しい家族


 お昼も終え、シオンとダイジュは再び地下の混沌にまじった。
「もう慣れましたね」
「全然」
 ダイジュは、わざとふてぶてしい態度をとり、下水道を進んだ。
「しょうがないですね、それじゃ、楽しい気分でお散歩できるように、私が面白いお話をしますね」
「面白い話ぃ?」
「ええ。わくわくしますよ」
「まあ、気分がまぎれるなら」
 ダイジュは少し顔を上げて言った。
「いいですね。ここヒウンの下水道には、普通じゃありえないぐらい大きくて強い――」
「おお!」
「ダストダスが、いらっしゃるそうで」
「げー!」
 期待した自分が馬鹿だった、と、ダイジュはわざと下品な声を出す。彼の足元で、ヤブクロンがさみしそうにホウとないた。
「ああっもうお前のことじゃないって……!」
 ダイジュはそう言うが、ヤブクロンは一つ跳び、彼の足元を離れる。待てよ、とダイジュが追った。
 だが、下水道でいざ走ろうとすれば、ぬかるみに足をとられる。早歩きはできても、ヤブクロンのほうが断然速い。
 もたつきながらも、ダイジュは振り向く。シオンは、表情を変えずにダイジュの後ろについていた。
 彼女の真剣な表情に、ダイジュはつい呑まれそうになる。その表情が、なぜ追うのか、とダイジュに問う。
 ここで離れられれば、面倒事もなくなって済む。
 可愛い女の子を傷つけるのは避けたいことだが、それも一瞬のことだろう。
 そんな思いを巡らせている間にも、シオンはダイジュを見つめる。
 ダイジュははっとする。これはおれとヤブクロンの問題だ、今日知り合ったばかりのヤブクロンは、おれとどう関わったか?
 そして昼の風景を思い起こした時、ダイジュはきびすを返し、ヤブクロンを追った。
「待てよ!」
 ダイジュはもう一度叫ぶ。
「うまそうにメシ食ってくれたの……嬉しかったぜ」
 ダイジュの声に、ヤブクロンはゆっくり振り返る。
「な」
 互いの緩んだ表情に、シオンは安堵する。だが、それもつかの間だった。
 どうっと下水が溢れ、一人と一匹を隔てたのだ。
「えっ……」
 ヤブクロンは、あっという間に下水にのまれる。
「どこか……なにかが外れたんじゃ」
 轟音の中、シオンの声がかすかに聞こえる。
「そんな、ヤブクロン、ヤブクローン!」
 ダイジュの声もむなしく響くのみだった。ダイジュはひどく落胆する。
「……好きなんですね」
 シオンが言う。
「好きっていうか……」
 ダイジュはそこまで言って、準備体操をはじめた。
「えっ」
「続きはヤブクロンに言う」
 ダイジュはゴーグルをかけ、汚水に飛び込もうとした。シオンがそれを制す。
「行かせろよ」
「ダイジュくんが言っても聞かないのはわかってます。……これ、“あなぬけのヒモ”。これさえあれば、どこに流れ着いても地上には絶対戻れるはずですから」
「……サンキュ」
 ヒモを腰に巻き、ダイジュは汚水に飛び込んだ。

 強い流れの中、何度も壁にぶち当たる。そのたびに鈍い痛みが身体に走るが、水中で息だけは吸わないようにした。
 また壁に当たった時、ダイジュは身体を旋回させ、壁を蹴る。勢いが増し、水に乗れるようになる。大丈夫だ、追いつける、と、ダイジュは自信を持った。
 目の前にあらわれた、そのお世辞にもきれいだとはいえないその身をつかむ。ヤブクロンは、そのままダイジュに抱き着く。ゴーグルの向こうの瞳が、やわらかな光をたたえた。

 さて帰ろう、と、左手でヒモを抜き取ると、そのヒモはびりびりに破れてしまっており、使い物にはならなかった。ダイジュの表情がとたんに青ざめる。
 その時だった。
 ざぶん、と、何者かがダイジュとヤブクロンを打ち上げたのだ。
 一人と一匹は突然の救い主に驚き、それが何者であったのかを見極めようとするが、疲れと汚濁でどうも判然としなかった。

121218