僕の、新しい家族


 そのまま歩いて地上に戻ると、シオンは出入り口で待っていた。
「どっ、どうしたんですか……!」
「スマン、ヒモ、ぼろっぼろにしちまった」
「そんな、大変だったんじゃ……! 確かポケモンセンターにシャワールームがあるはずです、はやく行きましょう!」
 シオンは、ダイジュとヤブクロンの身についた泥を拭き、ポケモンセンターへの道を急いだ。

「……ゴメンな、色々と」
 シャワーを浴びたダイジュが、ポケモンセンターのエントランスで待っていたシオンに言った。
「いえ、これでふたりが仲良くなれるのでしたら。今日はゆっくり休んでくださいね。まずはホドモエに戻りましょう」

 跳ね橋の真ん中で、シオンが問う。
「で、“続き”はちゃんと伝えましたか?」
「あっ」
 ダイジュは口元をおさえる。
「あら、まだなんですか?」
「いろいろあったんだ、仕方ないだろ!」
「まあそうですね。今からでも間に合いますよ」
 シオンが微笑む。ダイジュはしゃがんで、ヤブクロンと目線を合わせる。
「正直、おれはお前の見た目はぜんっぜんタイプじゃないけどさぁ……お前はうまそうにおれのメシを食った! これからもうまいメシを食うためには、おれのそばにいることが必要不可欠ってこった!」
 ダイジュは一気に言う。
「あら、えらそうですね」
 シオンはくすくす笑った。
「いいだろ……!」
 ダイジュが頬を紅潮させると、ヤブクロンはダイジュの胸に飛び込んだ。
「おーよしよしよしよし、にしてもお前くっせーなー」
「ホウッ!」

「もう大丈夫そうですね。ダイジュくんはやっぱりトレーナーですし、ヤブクロンもバトルできるように育てるんですか?」
「まあそうだな。いいか?」
「ホウッ」
「またバトルしましょうね。それじゃ」
「おう」
 ダイジュは跳ね橋を西に歩き始める。シオンはひらひらと手を振って、一人と一匹を見送った。

 別れて数秒、シオンは、ふと振り向く。
 輝く金髪の少年とポケモンが二匹、跳ね橋の上を並んで歩いているという光景は変わらない。
 ――彼には、一つだけ嘘をついてしまった。
 長い黒髪が風に揺られ、視界をさえぎられる中、あの日の出来事、あの日のやるせなさがよみがえってくる。

 奪ってしばらくしたが全く使えない、とそのプラズマ団員が言った。
 シオンははらわたを煮えくりかえらせ、ぬまぞう――ラグラージに、彼の持っていたボールを奪わせ、使えないと言われたヤブクロンをボールに入れて全力疾走した。団員が追いかけてくることはなかった。
 プラズマ団が奪ったポケモンをまた奪い、もとの親を探す、ということは、トレーナーの間では推奨されることだった。シオンもヤブクロンの親を探すことに尽力した。
 できるだけ連れ歩き、土地に心当たりがないかその都度ヤブクロンに訊く。そうしてある日、ヤブクロンは親と思える人間の後姿を見つけ、嬉しそうにないた。
「あの――……」
 それを受けて、シオンはその少年を呼び止めようとしたが、あることに気付き、言葉を途中で止めた。
 彼の足下には、別のヤブクロンが笑っていたのだ。
 シオンのヤブクロンは足をとめ、呆然とその光景を見つめる。ことの成り行きを理解したシオンは、ヤブクロンの目を両手で塞いだ。
 少年は悪そうな人間ではない。ヤブクロンというポケモンは、汚くて嫌いだという人が多いし、あのダイジュだってはじめはそうだった。
 長い時が、彼を諦めさせてしまったのだろうか。
 このヤブクロンを彼に見せたら、今彼の隣で笑っているあの子はどうなるのだろうか。もしくは、もうこのヤブクロンがいるから今更いいよ、と言うのだろうか。
「帰りましょう」
 シオンが、ヤブクロンの目を塞いだまま言う。目を包んだ手のひらは少し濡れていた。
「……大丈夫です」
 正直なところ、シオンもなにを言えばいいのか分からなかった。「私がいるよ」も「新しいトレーナーを探してあげるからね」も違う気がする。
「……ラグ」
 長年の相棒が彼女の肩に手を置き、共に歩みだす。
 傷ついたヤブクロンになにもしてあげられない自分が、情けなくて、悔しくてたまらなかった。

 風が去った頃には、彼の後姿は消えていた。
 夕日を迎え入れたホドモエシティは、温かい光で満ち溢れていた。


 六花さん宅シオンちゃんお借りしました! 毎度毎度感謝です。

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