私の、新しい世界


「では、本日のレッスンです。今日は、毒ポケモンのお手入れの仕方――」
「おい」
 さも当たり前のように話し始めたシオンに、ダイジュは低い声で突っ込みを入れた。
「俺は頼んでねーぞ」
「とても大切なことだから教えているんです。それに、最近のヤブクロンちゃんを見ていると、私の毒ポケモン講座が役立っていることがわかりますよ。ダイジュくんがきちんと実践してくれているからですね」
「まあそうだけどよ、シオンだって他にやることあんだろ? 毒ポケモン講座なんてなくても、俺は本で独学できんだからさ」
「私がヤブクロンちゃんに会えるっていう素敵なおまけがついてくるんですから、こんなことお安いご用ですよ」
 ねーっ、と、ヤブクロンに向かって笑顔で言う。ヤブクロンは笑顔で返した。
 どうも、このヤブクロンは自分よりシオンに笑顔を見せることが多い。ダイジュはそれに悔しさを覚える程度には、ヤブクロンに愛着がわいていた。
「さて! レッスンに戻りますよ。私とべとちゃんがお手本を見せますから、ダイジュくんはヤブクロンちゃんにそれをしてあげるのですよ」
「へいへい……」

 しばらくそんな日々が続いたが、ある日の講義内容が、ダイジュを喜ばせた。
「今日のレッスンは、強力な技“ダストシュート”の基礎です……」
「えっ、やったー! きたー!」
 ダイジュは笑顔でばんざいをした。
「やっぱり男の子ですねぇ、バトル大好きなんて。ヤブクロンちゃんは女の子でしたね、バトルには興味がありますか?」
「ホウッ!」
 ヤブクロンはダイジュを指す。指しているものが、ダイジュのカバンの中に入ったモンスターボールのことだとわかると、シオンはゆるく微笑んで言った。
「ドンカラスちゃんのバトルを見ていたんですか?」
「ホウ」
 ヤブクロンは笑顔で言う。ヤブクロンが仲間になるまで、ダイジュの唯一のパートナーであったドンカラスは、すでに相当の力を身に着けていた。
「では、はりきっていきましょう。でも、練習には広い土地が必要ですね。……そうだ、迷いの森に移動しましょう」

 迷いの森は、ホドモエからはライモンを通ってさらに東の方角にあった。
 ライモン北部のニュータウンも、ここまでは届かない。森とはいうがポケモンが住む草むらも少なく、技の練習に適した場所だった。
「ではまず、構えです。角度をしっかり決めないと、全然違う場所に飛んでいってしまいますからね」
 ヤブクロンのとなりで、ベトベトンのべとたろうがすっと構える。構えと言われても、モデルが全身ヘドロとなるとダイジュにはかなりわかりにくいのだが、ヤブクロンは理解できたようだった。
「そして、集中力をあげて……」
 ヤブクロンは目を閉じ、腕をがくがく震わせる。ダストのかたまりが大きく膨らむのが、ダイジュにも見て取れた。
「放つ!」
 ベトベトンは放つふりだけをして、実際には放たなかった。ヤブクロンのダストシュートは、大きさだけ大きくて威力は低く、途中で落ちてしまった。ヤブクロンはしりもちをつき、ダイジュと目が合う。
「大丈夫か?」
「ホッホウ……」
「はじめはみんなこうですから大丈夫です。むしろ驚きましたよ。はじめての挑戦で、あれだけダストのかたまりを大きくできるなんて!」
 シオンの目がきらめく。もう一回、とヤブクロンは立ち上がった。

 スピードも威力も足りないが、その日だけで、ヤブクロンのダストシュートは、10メートル先の岩を少し傷つける程度には精度が高まった。
「さて、これでダストシュートの基礎は固まりました。最後に、先輩からお手本を見せてもらいましょう。べとちゃん、いいですか?」
「ベェト!」
 ベトベトンは後ろにさがり、ヤブクロンがダストシュートを当てた大きな岩を凝視する。そしてやや時間をかけダストを膨張させると、一気に技を放った。
 それは大きな岩一直線に進み、草は大きく揺れ、轟音が響いた。
「すげぇ……っ」
 ダイジュは、その衝撃に身をこわばらせたまま、目だけは岩を凝視する。岩は無残なほど粉々に砕けていた。
「慣れてきたら、ダストの大きさを調節して、ほんの一部を鋭く打ち抜いたり、応用だってきくようになりますよ。ダストが小さいと素早く放てますし、大きいと威力が高まります」

見事に技を決めたベトベトンを撫で、シオンは続ける。
「後はダイジュくんとヤブクロンちゃん次第です。私はバトルサブウェイに戻りますから、完成したと思ったらいつでも呼び出してくださいな。あなたたちからのバトルでしたら喜んでお相手させていただきます」
 シオンはまっすぐダイジュに言う。ダイジュは、あまりに衝撃的すぎて腰を抜かしてしまったらしいヤブクロンを抱き上げ、確認をとるように話しかけた。
「やってみっか」
「ホウッ!」
 ヤブクロンは元気に返事をする。ダイジュが育成の際に妥協をしないことはシオンもよく知っており、すでにこの一人と一匹の将来の才能を予感していた。


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