道場とジム


 クロモジ道場。クロモジって名前のトーチャンが経営してる、格闘道場だ。
 ポケモンと一緒に強くなれるとかいって、なかなか人気。私もそこで修行していて、“格闘トレーナー五人抜き”の三人目に抜擢された。

 ある日、トーチャンが私たち五人を呼んだ。
「今日は道場の跡継ぎを決めるために、五人でポケモンバトルをしてもらう」
「ええっ!?」
 跡継ぎなんて考えたこともなかった私は驚きの声をあげた。
 他の四人は、黙ってつばを飲み込んだ。彼らは、師範になりたいのかもしれない。
「第一試合、シャクナ対タカユキ。はじめ!」
「……」
「何だお前」
 私は勝ちたくなかった。けど、本気で戦わなきゃ相手にもポケモンにも悪い。
「なんでもありません! いくよっ、マクノシタ!」
 自惚れてるみたいだけど、私は他の四人の誰よりも強いことを、自分でわかっていた。
 つまり、これは娘に跡を継がせたいトーチャンによって組まれたシナリオだったのだ。シナリオ通り、私が勝った。手加減したところで、審判にばれるし、トーチャンも見てる。
「さすが我が娘だ! おれが引退した時にはしっかり継いでもらうからな」
 やっぱり、娘である私に、継いでほしいんだ。
 四人の視線は冷たかった。そこで、師範にならなくてもいい、もっともな理由がないか探した。

 そこで目に入ったのが、クダイシティジム。こちらも格闘タイプのジムで、クロモジ道場とはライバル関係にある。今じゃクロモジ道場がすっかり優勢だけど。
 ここは、ジムリーダーの交代期にあって、今すぐジムリーダーが欲しいというところだ。
 やるしかない。リーダーなんて私には向いてないけど、トーチャンの監視下にないだけましだ。
 私は当時のパートナー、マクノシタとも意気投合した。マクノシタは、トーチャンのハリテヤマの子供だ。私と同じような思いを抱いていたのかもしれない。
 私はポケモンリーグの制度や、ジムバトルの基本について、すぐに勉強した。道場とは違うことだらけで、自分の世界が広がった。あの四人に勝ったんだから、私がこの町で勝てない格闘使いはジムリーダーとトーチャンだけだ。
 クダイシティジムは、そりゃもうすごく古い建物で、「きつい、汚い、危険」の全てが揃っていた。当時のジムリーダーに弟子はいなかったし、ジムリーダーになりたい人だっていなかった。私はシンプルな“ジムリーダー認定試験”を受けて、すんなり合格した。
 私がジムを継ぐと決まった時、本当に大丈夫かい、と何度も当時のジムリーダーに言われた。ライバル道場の娘だし、相手がいい思いをしたわけがない。だが、それ以前に、私が十代の女であることを心配したみたいだった。でも、その時にはもう、私はジムをしっかり守ろうという意識が芽生えていたから、任せてください、と答えた。
 こっそり始めた「ジムリーダーになっちゃおう作戦」について、私がジムを正式に継いだ時にトーチャンに全てを報告した。もちろん、トーチャンは激怒した。
「何てことをしてくれたんだ!」
「それでも私、娘だからって楽に継ぐのが嫌だった。そりゃ、努力だってしたけど……こうすれば皆、娘ってことぬきで実力を評価してくれるでしょ」
「何だと!?」
「まぁいいんじゃないですか」
 タカユキがトーチャンに言った。
「おらが継ぎたいとか、もうどうでもいいです。お嬢さん、この前のバトルの時よりずっと生き生きしてますよ」
「ねぇ、トーチャン。私これからも道場の手伝いするし、クダイジムを継げる人も今すぐには探せないと思う。だから!」
 トーチャンは、そこで首を縦に振った。
「トーチャン!」
「あの四人に勝ったからといって、お前はまだまだ半人前だ。うちでは師範にするのはもっと後の予定だったのだからな。だが、今はそんなことも言ってられないだろう。しっかりジムを守って、道場も手伝え!」
「……はい!」

 それから私はジムを掃除して、弟子トレーナー探しをはじめた。
 今はまだ一人しか弟子はいないけど、商人の町クダイらしいジムになったって好評だ。これからよくしていけばいい。

 だって私は、十代真っ盛りの女の子だから!