スポーツ・トリニティ黎明期


 子供も入れるスポーツバーがあると聞いて、メグはホドモエの跳ね橋を西へと駆けた。
 チケットがとれなかった平日夕方の試合となると、両親も家におらず、喜びも悲しみも共有することができない。勝利の瞬間は、やっぱりファンと喜びを分かち合いたいのだ。
 ホドモエシティは古くからの街区が残った町で、道路が複雑に入り組んでいる。そのため、まずは場所を知っておこうと、時間には余裕を持って家を出たのだが。
「この橋長すぎじゃない……」
 半分弱まで来たところで、メグは息も絶え絶えになった。なにぶん、その町だけで必要なものが揃うライモンシティに住んでいるのだ、隣町に行くという機会がまずない。リザードン橋という別名は伊達ではない、と思ったところで、それでも行かねばとメグが顔をあげたその時だった。
 青色の鳥ポケモンが目の前にいたのである。
「んぎゃっ!」
 メグは一歩後ずさった。そのポケモンは、まぬけな顔をしたコアルヒーだった。
「えっどうすればいいのここ橋だし……」
「バオップ、”ひっかく”!」
 その声とともに、メグの視界に赤い影がちらつく。
「ここにいるってことはトレーナーでしょ、ポケモン持ってないのだ?」
「えっ、えっと……ごっさん!」
 出していいのか、とわかったところで、メグはゴチミルのごっさんを繰り出した。
「よし、”念力”!」
「ごちゅ!」
 バオップのひっかくにゴチミルの念力と、技を二連続でくらったコアルヒーは、一度ぐわぁと鳴いて飛び去っていった。

「危ないのだ! この橋渡ったことないの?」
 メグにそう話しかけたのは、赤い髪に青のカチューシャが映える、メグより少し小さい少女だった。彼女のポケモンらしいバオップは、メグを助けるために降りてそのままにしていたのだろうスケボーを押して、彼女の隣に立った。
「う、うん。初めてで……」
「このへんの海のコアルヒーがたまに橋にまで来ちゃうから、気を付けるのだ。えっと……ごっさん? ずっと出しててもいいと思うのだ」
「そっか。助けてくれてありがとう」
「ううん。ダルマッカウォリアーズは勝ったし、人助けも出来てすっきりさわやかなのだ!」
 彼女の言った、ダルマッカウォリアーズという名前にメグは聞き覚えがあった。ホドモエのスポーツチームだったと思うのだが、何のスポーツであったか。少なくともサッカーではないとはわかるが、どうにも思い出せなかった。
「えっと、あの……スポーツ好きなの?」
 だから返す言葉もあいまいになってしまう。
「スポーツも好きだけど……ツユは赤と青が好きだから、そのスポーツチームを応援してるだけなのだ」
 その返事に、メグは喜び半分、悲しさ半分だった。ホドモエにはサッカーチームがないから、うまいこと話せば自分が応援しているライモンジーブラーズのファンになってもらえるかもしれない、と思ったのだが、いかんせんジーブラーズのチームカラーは深緑だ。
「んー、そうか。名前……ツユちゃんっていうの?」
「ツユクサだけどツユでいいのだ」
「じゃあツユ、私はメグ。ホドモエシティにあるスポーツバーって知ってる?」
 応援チームが違えども、スポーツバーの場所を知る近道かもしれない。と思い、メグはツユクサに訊いた。
「それって、ゴッデス・オブ・グラッドのことなのだ?」
「そう、それ!」
メグの反応に、ツユクサは得意になった。
「こっちなのだー!」
 ツユクサはスケボーに乗り、ゆるやかな下り坂となった橋を下る。メグが追いかけようとすると、それまでの疲労がどっと押し寄せ、後姿をとらえるだけで精いっぱいだった。

 ホドモエシティは、噂どおり道路が複雑に入り組んだ町だった。港町から物資を輸送するために大通りはあるのだが、それ以外の道は狭い。しかし活気に満ちており、雰囲気のある町だった。
 メグは一つのノボリに目がいった。「祝・ワールドトーナメント誘致決定」と書かれている。
「あー、なんか大きなスタジアムができるのだ。だからこの町も再開発で、も少し便利になるらしいのだ」
 ツユクサが直ちに捕捉し、メグはほー、と言った。こういう施設は大概ヒウンかライモンにできるものだが、これからスタジアムを作るとなるとどうしても土地不足だ。これからホドモエにも都市が拡大するのか、と思うとメグは少しわくわくした。
「あー、あなたたち、ポケモントレーナー!?」
 町を眺める二人に、一人の少女が話しかけた。メグとツユクサがそちらを向くと、かなり切羽詰った表情を見せていた。
「助けて、あっちから火が出て」
「火事!?」
 メグとツユクサは一気に青ざめた。一緒にいたポケモンたちを見て少女は話しかけたのであろうが、バオップにゴチミルではどうしようもない。
「心配だけど、私たちにできることは……」
「あるのだ!」
 メグの否定をさらに打ち消すように、ツユクサが宣言した。
「えっ」
 ツユクサは海を見やる。水ポケモンに助けを求めろということか、とメグと少女がわかったところで、どうすればいいのかわからなかった。
「ごっさんの……さっきの技なのだ!」
「さっきの技って……そうか!」
 メグはごっさんに目配せする。ごっさんは一つ頷いた。
「”念力”! 水面に沿うようにね」
 ごっさんはメグの指示どおり、自慢のサイコパワーを水面に沿わせた。まさにポケモン版SOSといった様相で、それに気づいたママンボウが次々水面に顔を出す。
 野生のママンボウたちを見て、ゴチミルは念力をやめる。攻撃の意思がないことをトレーナー共々示すためだ。
「お願いママンボウたち、火事があったの。助けてくれない」
 少女が話しかけると、その思いが伝わったのか、三匹のママンボウが陸にあがった。
「やった! 今すぐ向かおう」
 やはり先手を切ったのはツユクサで、すぐ後ろに助けを求めてきた少女がつく。二匹のママンボウが二人についていったが、取り残されたメグはもう一匹のママンボウの様子が気になっていた。
「怖いの?」
 メグが訊くと、ママンボウは否定するように動いた。ママンボウは海に向かって水タイプの技を出すが、威力は貧弱だった。
「なんだそういうこと! でもあなたも役に立つ。絶対ね」
 メグはそう言って、二人を追う。ごっさんとママンボウも続いた。


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