いつだって進行形


「おい、メグ」
「なんですかーエリートトレーナー様」
 嫌味ったらしく返事をし、メグは振り返る。というのも、メグは声の主――コウライが苦手だったからだ。
「あのさ、バトルしねぇ?」
「あーはいはい……って、えええマジで!?」
 メグはコウライを疑いの眼で凝視する。所謂エリートトレーナーである彼は、そこまで真面目にバトルを極めているわけではないメグとはバトルしたがらなかったのだ。それが今になって。
「たまにはいいだろー? ま、どうせ俺が勝つけどな!」
「初めてのバトルなんだからまだわかんないでしょー! んじゃあっちのコート使おうよ」

 空に揺れる金髪の少女と、空に溶ける青髪の少年が対峙する。
 エリートトレーナーと呼ばれる者との試合は、メグにとって初めてであった。普段は、同じぐらいのキャリアを持ったトレーナーと戦って勝ち、その賞金でサッカーの試合を見に行くだけで充分だったからだ。
「まあ初めてだし、一対一ね」
「……わかった」
「それじゃいくよ! ごっさん、キックオーフ!」
「いくぞヤマト!」
 互いのポケモンは派手に飛び出し、芝生に着地する。西にはごっさんと呼ばれたゴチミル、東にはヤマトと呼ばれたウォーグルだ。
「あのゴチムか。進化したんだな」
「うんっ!」
「だけどゴチミルじゃ俺には勝てない!」
「なーんでーすとー」
「素早さではこっちが上だ、ヤマト、“ブレイブバ……”」
「はいターンマ!」
 指示を受け、ウォーグルが今まさに羽ばたこうとした時、メグは大声で叫び、攻撃を阻止した。
「なんだよタンマって……」
「ブレバなんて受けたらごっさん一瞬で倒れちゃうでしょー! レベル差考えてよ」
「はぁ……?」
「バトルは料理してこそじゃないっ。エリートトレーナーならゲームメイクも上手いでしょうに」
 得意げに言うメグの傍ら、ゴチミルはため息をついた。
「あのなー、俺と俺のポケモンは速攻がポリシーで」
「じゃあ速攻で倒せないポケモンに出くわした時のために、私がそういう相手と想定すればいいじゃない」
「くっそー……」
 コウライは今ひとつ納得がいかない中、メグの言い分も確かだと思った。ここで一気に倒してしまっても面白みがない。
「……わかった。それなら、ブレバなしで倒してやるぜ! 時間がかかろうが勝つのは俺だしなー」
「ウォーッ!」
「話がわかるじゃない」
 前置きはここまでとなり、コウライは再びウォーグルに指示する。
「ヤマト、“フリーフォール”だ!」
「やばいっ! ごっさん“影分身”!」
「ゴチュ、ゴチュゴチュゴチュチュー」
 ゴチミルはコート中に分身を増やす。
「走り回って!」
 ゴチミルは、分身ともども走り回る。動きは同じでも、方向はめちゃくちゃだ。
「ぐっ……」
 相手に“影分身”された場合、影の濃さを見極めればどれが本体かがわかるのだが、こう走り回られると、コウライもウォーグルも見極められない。
「今だっ、“サイケ光線”!」
「ゴーッチュ!」
 本体のゴチミルがちょうどウォーグルの背後に来た時、ゴチミルは見ているこっちも頭がおかしくなりそうな光線を放った。
「ウォー!」
「やった!」
 メグはそう言ったものの、ウォーグルにとってはほとんどダメージではなかったらしく、試合直前と変わらない、堂々とした様子で立っていた。
「あちゃー、威力が足りないか」
「こっちは技を手加減できても、防御力だけはどうしようもねーからなぁ」
 コウライは鼻を高くして言う。
「でも攻撃は阻止できた! ごっさん、様子見で“未来予知”!」
「ゴーミィー……」
 ゴチミルは目を閉じ、自分の世界に入るがごとくうつむいて、手をひらひら動かす。予知、というが、未来に攻撃をするために集中力を上げる技といったものだ。
「“ばかぢから”!」
 “未来予知”は、相手方のポケモンに思いがけないところで攻撃できるのが強みだが、その分スキも大きい。その間にウォーグルはしっかりと動いていた。
「……やばっ! ゴチミル、伏せて!」
 ゴチミルは吹き飛ばされぬよう芝生をしっかりと掴む。吹き飛ばされないだけでも、ダメージはかなり減るのだ。
 ウォーグルはパワー全開でゴチミルに翼をたたきつける。その間にも、ゴチミルは芝生から手を離さなかった。
「ゴ、チュ」
「ごっさん大丈夫ー!? ねぇちょっと、威力120はないんじゃないのー?」
「格闘タイプなんだからいいだろー!」
 またそんなやり取りをしつつも、ゴチミルはよろよろと立ちあがる。
「“フリーフォール”」
「またそれ来る!? “サイケ光線”でちょっとでも体力減らしてー!」
 “影分身”で避けようにも、時間も体力もない。ゴチミルは光線を放つが、それはもうすでに虫の抵抗だ。ウォーグルはゴチミルを連れ去り、空を高く舞った。
「今……今来てくれたら……」
「なんだ……? 聞こえねえぞ」
「……来たっ!」
 ふと、空中に念力でできた球が三つほど現れ、ウォーグルを追う。
「ま、まさか」
「“未来予知”のダメージ!」
 ウォーグルはその球にぶつかり、げほげほとむせる。特に勢いもつけず、ゴチミルを落としてしまった。
「ひゃーごっさんあんな高くから!」
 ゴチミルは落下し、芝生がみしっと音を立てる。ウォーグルも何度か咳をして、おぼつかない足取りで着地した。
「立ってお願いー!」
 メグはゴチミルを見て叫ぶが、ゴチミルが立ち上がることはなかった。
「はぁ……ここまでか。ごっさんお疲れ様、強いポケモン相手によくやったよ」
 メグはゴチミルにねぎらいの言葉をかけ、ボールに戻す。
「はー、やっぱコウライは強いなぁー! 噂通りだったよ。でも私のごっさんも頑張ったでしょ!」
「そうだな、ヤマトも正直ぎりぎりだろ?」
「ウォー……」
 ウォーグルはそう返事してよろめく。コウライは立派に戦った長年の相棒を支え、毛並みにそって撫でてみせた。
「なかなか楽しかったぜ」
「ほんと!? じゃあ、他の二匹ももっと鍛えるから、今度は三対三でバトルしてよ」
「それはどうかな」
「やるったらやるの」
「しゃーなし、な」
 コウライがそう言うと、すぐ隣のビッグスタジアムで、カキンとヒット音が聞こえた。直後、スタジアムの外にまで歓声が響く。今日はバトル日和だが、野球日和でもある。
「はー、にしてもさ」
 歓声が止まぬまま、メグがコウライに歩み寄って言う。
「「ファンクラブなんてふざけた肩書きのやつとバトルしてなんになるんだ」とか「試合見るための資金稼ぎにバトルなんてくっだらねー」とか言ってたコウライがねぇ……なんかよくわかんないけど成長したんだねぇ……」
 以前言ったような記憶のある言葉をメグにそのまま返され、コウライは一気に顔を赤くする。
「あーもう、昔のことはいいだろ!」
「ふっふ、エリートトレーナー様……ぷっ、くく」
「いいって言ってんだろブレバすんぞ!」
「それは今後も禁止技です!」
「あのなー……」

 コウライと別れた後、メグはポケモンを回復させ、家に帰った。ゴチミルをボールから出し、ミニ会議を開く。
「やっぱり“未来予知”がポイントだねぇ」
「ゴチュ」
「あれに時間がかかるんだよなぁ。もっと一瞬で、ばれないように集中力を高める、ってできないかな?」
 ゴチミルはそれを聞いて、一度首をかしげる。だが、すぐに目をぱっちり開け、はっきりうなずいた。
「やってみるしかないね!」
「ゴチュー!」


 草菜さんのコウライくんお借りしました。  

 120710