曇りなき者と心のケア


 僕の知識と志は認められた。
 大学の卒業も近づいたころ、友人たちが夢を語りだす機会が増えた。
「おれの町、医者がいなくてな。だからおれ、はやく卒業して、町のみんなを診てやりたいんだ」
「おれもそんなもんかな」
 みんな、待つ人がいて、待つ町がある。そんな時、僕はどうだろうか、とひとり考えてしまう。
 もう家族とは縁も切られたし、今更あの町に戻ることはできない。僕が治療すべき患者などいるのだろうか?
 あれだけはっきり言って家を出たのに、バーミンシティに来てみれば、医者志望の者など掃いて捨てるほどいるのだ。
 ビジョンが欠けていた、と思う。
 僕と同じような人たちは、もうみんな大学をやめていた。僕はここに残っていていいのだろうか?

 ドレディアと横に並んで歩いていると、彼女は医学部の広報版の前でふと立ち止まった。
 僕も気になって立ち止まる。そこには、キレイハナやロゼリアといった草タイプポケモンの描かれたポスターが貼られていた。
“セミナー「セラピーポケモンと今後」”
「ドォル?」
 ドレディアがゆっくり首を傾げる。
「えーと、読むよ。「患者の心をケアするポケモンが注目されている。最近では、中でも草タイプのセラピーポケモンの育成が早急になされるべきだとされている……」」
「ドル!」
 ドレディアは僕を見上げ、片手を挙げてみせた。
「……したいのかい?」
 ドレディアは、さっきとは違い、素早く二度頷く。
「うん、今度の金曜日、暇だ。行ってみようか」

 当日、キャンパス内のセミナー会場に着き、ドレディアと隣同士パイプ椅子に座った。
 他の人たちも、半数ほどはポケモンと一緒だ。見たことがないポケモンも見られたが、ドレディアは僕の隣にしかいなかった。
「礼儀正しいドレディアですわね。隣いいかしら?」
 品のよさそうな年配の女性が話しかけてきた。
「あ……ありがとうございます、どうぞ」
 僕は荷物をどけ、席を空けた。
「どうしてこのセミナーに?」
「ドレディアが行きたそうだったので」
「そう。ずっと慎ましく座っているし、きっとセラピーポケモンとして成功するわ」
「えっ、ほんとですか? ほらドレディア、おばさまが言ってくれてるよ」
「ドル、ドォル!」
 ドレディアは女性に笑顔を向けた。
「もうこの時点で癒されますわ」

 セミナーがはじまった。僕はノートと万年筆を用意する。
「たくさんの方にお越しいただき、ありがとうございます。ではまず、セラピーポケモンがどのようなものなのか、お見せいたしましょう。……ロゼリアちゃん、“アロマセラピー”! 会場の皆様を癒してあげて」
「ロゼリー!」
 舞台に立ったロゼリアは華麗に舞った。バラの香りが広がる。
「あー、いいわぁ……」
「さわやかな気持ちになる……」
 そんな声を漏らす人たちもいた。
「この技はつい最近、研究で発見されました。ただ、覚えさせるだけでは、そこまでのセラピー効果は発揮しません。そのポケモンの種族や性格に合うようなスタイルを考え出さなければなりません。そこはトレーナーやブリーダーの腕の見せどころですね」

 セミナーの内容はおおよそこんなものであった。
 対人間、対ポケモン両方について研究されているということ。
 セラピーはあくまでも“癒し効果”であって、治療の際これに全面的に頼ることは望ましくないということ。
 香りによる癒し効果のほかに、ポケモン自身の愛嬌によっても効果が得られるということ。
 トレーナー、ブリーダー自身が医学もしくは携帯獣医学を極めること。
 セラピーポケモンと良好な関係を築くこと。
 これらが、僕がメモしたことであった。